23.【アルトラ側】人生最大のチャンス・破 -2
「これより、英雄『神銀の剣』より戦技の御披露目と相成ります。『魔の来たる深淵』を踏破せしめた絶技、存分にお振るいくださいませ」
アビーク公爵の執事だという黒服の男が朗々と口上を述べる。
魔物を倒してみせると言っても、まさか貴族をダンジョンの中まで連れ込むわけにはいかない。A級冒険者が連れてきた魔物を相手どるのが通例だ。
アルトラの現状に鑑みれば理想は『大物が一体』。例えば四本腕の魔猿・大魔猩猩のような、急所に一太刀が入れば倒せるという敵だ。何も見えずとも速度にまかせて斬り捨てることがあるいはできるだろう。
果たして、御披露目会の舞台にはアルトラの希望通りの魔物が用意されていた。硬い甲殻を持ち、頭を斬り落とされても足がある限り戦う『地底の狂戦士』。
「軍隊蟻の、群れ……」
檻に並ぶその数、五〇匹。
アルトラの【剣聖】は高機動を活かした高速かつ精密な連続攻撃が売りということになっている。それを存分に見せつけるならば、群れをなした小型の魔物――といっても猛牛をゆうに上回る体格だが――を一呼吸にバラバラにしてみせるのが最善だ。
そう言い張り、A級パーティを総動員して集めさせた珠玉の標的であった。英雄アルトラの望みを叶えるべくダンジョンを駆けずり回ったA級パーティたちが、万一に備えた警備役として様子を見守っている。
悠然と構える大領主夫妻と、血走った目の冒険者たち。どこか異様な雰囲気の中でアルトラは挨拶を述べる。
「え、えー本日は大変お日柄もよく、勇猛果敢なるアビーク公爵殿下におきましてはつつがなく……」
無言は続けてよいという意味と捉えてアルトラは言葉を繋ぐ。
「これよりお目にかけまするは、あー、あの魔物どもを我が剣にて粉砕する妙技。血を血で塗りつぶすが如き様は、武勇にて名を知られるアビーク公爵殿下のお気に召すことは請け合いでございます」
アビーク公爵家は、戦争で奪った土地を支配する大領主だ。
その知識に基づいて考えた口上に公爵は小さく頷く。隣の夫人が口元を押さえているのが目に入ったが、気にしている余裕はアルトラにはない。
「で、では参ります」
アルトラの挨拶が終わるとゴードンが隣に立った。盾を携え、舞台へと向かう。
「なんで急におれまで?」
「黙って立ってろ。いいか、なるべく魔物をお前の周りに集めるんだ」
ゴードンを前に押し出して剣を抜き放つ。さる名工が鍛えた神銀仕込みの逸品は陽光を浴びて白銀に煌めき、冒険者たちからホウ、と感嘆の声が漏れた。パーティ名で『神銀の剣』を名乗るならこれは買わねばと、なんだったか理由をつけてマージの分配を減らしたのは何年前だったろう。
それから奴の分配を減らし続けたんだったなと、アルトラはそんなことを思い出していた。
「戦技披露、はじめ!」
執事の声に応え、檻が開かれる。突進する三〇〇本の脚が大地を揺らす。
「【黒曜】、起動!」
硬質化のスキルが発動し、ガインッ、と鉄塊を石で殴ったような音とともに軍隊蟻の突進とかちあった。ゴードンは十歩ぶんほどの距離を大きく押し込まれながらも魔物の足を押し止める。
アルトラにとっては絶好機。神銀の剣を構え、叫ぶ。
「【剣聖】、起動!」
いつも通りの加速。いつも通りの剣筋。しかし。
「ぎゃん!!」
大きく踏み込んだアルトラは軍隊蟻のはるか後方、魔物の檻に衝突して悲鳴を上げた。
「あ、アルトラ? 何をしてるんだ?」
ゴードンが驚きの声を上げるが、アルトラは咄嗟にアビーク公爵を見上げた。冷めた、道端の石でも見るような目。
「い、いやー、ハハハ! ちょっと調子が悪いみたいでハハハハハ! だ、大丈夫です! 次はちゃんとやりますから!」
剣を構える。
「【剣聖】、起動!」
一体の足を切り落とし、地面に突っ込む。剣を構える。
「【剣聖】、起動!!」
触角を落とし、転ぶ。剣を構える。
「な、なーんちゃって、ははは……!」
アルトラの様子にA級たちがざわめく。S級に至らずとも一流の域にいる彼らの目には、初めて間近で目にするアルトラの問題は明らかだった。
「あれ、何も見えてないんじゃないか……?」
「いや、アルトラさんは【鷹の目】のポイントがかなり高いはずだぞ」「それはマージ君が貸したスキルって聞いたし、返したのかしら」「え? マージが貸したのは【高速詠唱】や【魔力自動回復】だろ?」「儂はゴードン殿に色々貸したと聞いたが」「ティーナさんに一〇個くらい貸してるんじゃないのか?」
それぞれの知る『マージの貸した』スキルの情報が積み上がってゆく。
「マージは、いったいいくつのスキルを貸してたんだ……!?」
貴人へのスピーチは普通、プロのライターが用意したものを読むなり覚えるなりするものですが……
それに冒険者側が反発した結果、かえって冒険者自身の教養と品格が問われる場となった歴史があります。それでも御披露目会が続いているということは、言ってもその程度のやらかしで済んできたわけです。これまでは。
次回までアルトラ側で、それからマージ視点に戻ります。
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