22.【アルトラ側】人生最大のチャンス・破
「うンめぇ~~~~~~!!」
町中を往く馬車は、職人の知恵とスキルを結集した『サスペンション』なる技術により最高の乗り心地を提供していた。アルトラは上品な走りと贅を凝らした意匠を楽しみながら、鉛鍋でじっくりと甘みを出したワインをくゆらせる。まるでホテルの一室でそのまま出かけているかのようだ。
ゴードンも二人分の座席を使って大きな体をゆったりと伸ばし、窓の外をせかせかと歩く人々の姿を楽しんでいる。
「とても魔物狩りに向かっているとは思えないな。まるで貴族扱いだ」
「はっ、やっと待遇がオレの『格』に追いついたってとこか」
「速い。これは愉快爽快」
アルトラたちが向かう先は町外れに設けられた一角。この町を含む一帯を治める大領主にして、三代遡れば時の第二王子にあたる貴人、アビーク公爵夫妻への『御披露目会』に向かっているところだ。
「つくづくマージに同情するぜ。こんな馬車に乗る機会なんざ一生来ねえぜ、あいつ」
「ふむ、これは五人掛けだが四人でいっぱいだぞ? もしパーティにいても乗る場所がない」
「おっと、そいつはうっかりだ。あいつはどっちにしろ走りだな! ハハハハハ!!」
行方知れずのスキル貸しを嗤いながら、アルトラは自身の栄光に満ちた未来に思いを馳せる。
難攻不落の大迷宮、S級ダンジョン。
最奥に『王』を戴くそれは、成熟しきると魔物が溢れ出す『魔海嘯』あるいは『ダンジョンブレイク』と呼ばれる現象を引き起こす。大地震や大竜巻にも並ぶ激甚災害であり、ダンジョン攻略によりそれを未然に防ぐことが冒険者ギルドの至上命題であり存在理由とされている。
それを為した英雄が貴族、こと公爵など高貴な人物の前で魔物を討伐してみせ、報奨を受け取る『御披露目会』は伝統ある行事だ。手柄を上げたギルドと冒険者にとっては貴人に目通りするチャンスであり、貴族にとっては護衛、時には将として召し抱えるに足る強者を探す機会となる。
後に貴族の仲間入りを果たした冒険者たちの経歴を紐解けば、そのほとんどがS級ダンジョン攻略後の『御披露目会』を見事にこなしたところから栄光を掴んでいるほどだ。アルトラたちはまさしく栄光の架け橋に足をかけたと言っても過言ではない。
「披露会場が歩いたら丸一日かかる場所って聞いたときゃあ、いったい何様のつもりかと思ったが……。こんな立派な迎えを寄越すんだ。アビーク公もオレのことを相当に買ってるみたいだな」
「そ、そうですね。もう少し遠くてもよかったかも、しれませんけど……?」
「ハッハッハ、確かにこんだけ快適なら一週間は乗っていられるなァ! なんだティーナ、お前緊張してんのか? どうせ演るのはオレなのによ」
意気揚々といった様子のアルトラやゴードン、エリアに対してティーナはどこか顔色がよくない。あるいは乗り物酔いでもしたのかと笑い飛ばしながらアルトラは酒を注ぎ足す。
周りの景色がだんだんと変わってきたところで御者の男が声をかけてきた。
「これより町を出ます。少々お揺れが増すかもしれませんが、当馬車は荒れ地でもカップの茶がこぼれないことを要件に造られておりますのでご安し……うわっ」
不意に馬車がゆれ、こぼれないはずの酒がビシャリとこぼれた。
「おォい! この日のために新調した鎧に何してくれんだ!?」
「も、申し訳ありません! 魔物、魔物です!」
見れば毒猪のつがいが進路を塞いでいた。
「クソ、雑魚が……。おいゴードン、お前行ってこい」
「すまない、ちょっと乗り物酔いが……」
「オイオイ。じゃあエリア」
「くぅ……くぅ……」
「この騒ぎの中で寝てやがる」
起こすのも面倒だと、アルトラは肩をコキコキ言わせながら馬車を下りた。
「ま、いいや。準備運動にしてやるよ」
牙に猛毒を持つ毒猪は、数十頭の群れで現れればA級パーティも手こずらせる魔物だ。だが目の前の魔物はわずか二体。S級のアルトラにしてみれば赤子の手をひねるよりも容易い。
はずだった。
「【剣聖】、起動!」
いつも通りの加速。いつも通りの剣筋。しかし見える景色がいつもと違っていた。
「ぎゃん!」
草原を大きく転がり、幾年もあげたことのない悲鳴を上げたアルトラ。痛む体で立ち上がるが、自分でも何が起きたか分からない。
「な、なんだ? なんにも見えなかった……?」
“何も見えない”
それは目に頼るところの大きいヒト種にとって大変な恐怖を伴う。
スキル【鷹の目】を持つアルトラは加速していても敵味方がはっきり見えた。だから誰より早く敵を殲滅できたし、マージの頭上すれすれを掠めて斬るような遊びもできた。
それが、見えない。
「さ、酒の飲みすぎだな」
毒猪はもう一頭いる。それに狙いを定めると、アルトラはより慎重に剣を構えた。
「【剣聖】、起動!」
結果はまったく同じ。どうにか剣を当てはしたが、まるで制御がきかず無様にゴロゴロと草原を転がる。
「げぇっ、おえっ」
背中を強打し、思わずワインを吐き出した。赤い液体が土に染み込んで消えてゆく。アルトラの脳裏をよぎるのは、追い出したはずの男の言葉。
【全てを返せ】。
「まさか、いや、ありえん。ありえんぞ」
万が一、仮にそうだとしても打つ手などない。アビーク公爵には剛剣士アルトラの【剣聖】を堂々披露する旨がすでに伝わっている。
御披露目会まで、あと一日。
注意:空気に晒してすっぱくなったワインは鉛鍋で保管すると甘くなりますが、【絶対に】試さないでください
スキルのおかげで工作系技術は強いけど、医療系技術は弱めの世界
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