174.次なる脅威
「皆、聞いてくれ。これからのことを話したい」
「おお、吾輩たちで作る新たな国の詳しい構想ですかな?」
「そのもっと先のことだ。コエさん、頼めるかい」
前に立ったコエさんは小さく一礼する。語るはファティエでの戦いの最後、『王』を破った際に知ったことについて。
「『看取りの樹廊』の『王』を破った際、私に封じられていた記憶がひとつ開かれました。その内容についてここにいる皆様には共有しておきたく」
「ほう、記憶が開かれるとはまた奇っ怪な」
「私はスキルの補助機能。何者かに人格を設定され、【技巧貸与】というスキルの発現者を助けるために作られた存在だということは皆様にもお話ししたかと存じます。今回開かれたのは【技巧貸与】を、そして私を作った人物の記憶です。……いえ、この言い方は正確ではありません」
一度言葉を切って首を横に振り、コエさんははっきりと言う。
「『スキル』という概念を作り出した人物について、私はほんの少しだけ知っております」
「……んんん!?」
「スキルを、作った!?」
ベルマン、シズクが大げさに反応する中、コエさんは淡々と話し続ける。
「マスターは以前から疑問を持たれていました。スキルというものは人にとってあまりに使い易すぎる。まるでこの危険な世界で人類が生き延びるために作られたようだ、と」
「ふ、ふむ……? まあ、言われてみればそうかもしれませぬな。骨がない魚、種のない果物のようだとでも申しましょうか」
「今より二千年以上も前のこと。人類はかつてない激甚災害に見舞われていました。凶暴かつ異質な力を持つ生物が一斉に溢れ出し、その版図を急激に広げていたのです」
「それ、魔海嘯です?」
「はい。歴史上初めての魔海嘯です」
それまでに魔海嘯はなかったのか、記録に残っていないだけなのか。それはコエさんの記憶からは分からない。
分かるのは二千年以上前の人類にとって、それは滅亡の危機となるほどの大災害だったということだ。
「その頃、まだ世界にスキルというものはありませんでした。マナを用いて魔術が使えることは一部で知られていたようですが、補助するスキルがないのですから今と比べると貧弱なものだったでしょう」
「ちょい待ちです。一般的な歴史観だと、スキルは最初から世界にあって誰ともなく使いだしたことになってたはずですが」
「そのようですが、私の記憶ではこうなっております」
「それが真実だとしたら歴史の先生がたが卒倒しますが、なんにしてもその条件で魔海嘯はキツいですね……」
「実際に甚大な被害が出たようです。しかしとある賢者が多くの犠牲を払った末に『王』を討ち取り、ついに初めての魔海嘯は収束しました」
「おお、いつの時代にも英雄はいるものですな!」
「けれど、賢者の戦いは終わりませんでした」
ダンジョンと魔海嘯の関係について解き明かした賢者は、魔海嘯がこれからも起こり続けること、想像を絶するまでに強い魔物を擁するダンジョンがあることを知ってしまった。
その心情を察してか、語るコエさんの表情も硬い。
「賢者は絶望します。このままでは人類に明日はなく、いつか魔に飲み込まれて滅ぶと。だから彼は世界と交渉をしました」
「世界と交渉、です?」
「高度な技術を用いて世界の仕組みに干渉したと言ったほうがいいかもしれません。彼が世の理を変えたことで、人は世界を巡るマナを別の力に変換する術を得ました。肉体を強化し、感覚を研ぎ澄まし、時に奇跡や超常現象と読んで差し支えない力を発揮する、そんな力です」
アンジェリーナは咀嚼するように天井を見つめて「んー」と小さく唸る。
「ヒトがそういう生き物になったとも世界がそういう場所になったともいえるですが。それがスキルでした、と。人が作ったのだから人に使いやすいのは当然ってわけですね」
「はい。彼が作ったスキルは様々に変化、派生しながら発展し、滅ぶ運命にあった人類を二千年以上にわたって永らえました」
しかし、とコエさんは言葉を切った。
ここまでは前置き。一部の学者には衝撃だろうが、今を生きる俺たちにとってはちょっと面白い歴史の新説でしかない。ここからが本題だ。
「スキルを生み出して人類に希望をもたらした彼が、なぜ【技巧貸与】という特別なスキルを作ったのか。そしてそれを未来へと託したのか?」
その先の疑問はベルマン。
「なぜ『今』なのかという疑問もありますな。【技巧貸与】なるユニークスキルは過去の記録でも見たことがありませんぞ。つまり、歴史上たびたび現れては魔王を倒す寝物語の勇者のようなものではなく、今のこの一点を狙って送り込まれたものである可能性がありまする」
「はい、それこそが今日皆さんにお聞きいただきたいことです」
なぜ【技巧貸与】は作られたのか。
なぜ二千年後の今になって俺が生まれたのか。
その理由はひとつ。
「戦いの時が近づいています。敵が何者かは分かりません。時期がいつなのかも定かではありません。ただ遠くない未来、限りなく大きな災害がこの世界を襲うでしょう。【技巧貸与】はそのために用意された刃なのです」
「聞いてもらった通りだ。俺たちはそれに備えないといけない」
あまりに突拍子もない話だったからか、場がしんと静まり返った。シズクが神妙な面持ちで右手を上げる。
「確か、なんだね?」
「そう思っておくべきだと考えている」
「……ああ、ボクもそう思うよ」
もしこれが何かの間違いで実際は何も起こらないのであれば別にいい。取り越し苦労だったと笑われれば済む話だ。本当に何かが起きるかもしれない以上は無視できない。先日の戦でアサギやヴィントル町長がとった行動は正しかったのだから。
時に、と次に口を開いたのはベルマンだった。
「マージ殿やコエ殿がそんな冗談を言う方でないのは十分存じておりますし、疑いは致しませぬが……。来たる危機というのが何なのか分からなくては備えようもないのではありませぬか? やはり魔海嘯なのか、それとも地震などの天災なのか、よもや天から太陽でも落ちてくるとなれば流石に手の施しようが……」
『看取りの樹廊』でちらっと触れた疑問に少しだけ回答する形
この先はもっと後で明かせるはず。それまで書籍が続くといいな
それと完全に今更ですが、カクヨムにも掲載しようかなーと思っています。ちょこっとですがインセンティブがもらえるので、作家として生きていくなら収入源として置くだけ置いておきたいなと。この仕事、明日のおまんま食べられるか分からないのでね。なんで研究職やめて作家やってんだろう私
カクヨム限定エピソードとかカクヨムで先行更新とかはやるか未定です(やり方しだいでは規約に抵触するらしい)
いや、ほんとは第三部からそのつもりだったんですが、なろうで一年待ってもらっといて外部限定でなんかやるかもしれません、はちょっと流石にと思って……
とりあえずプロローグまで載せたので明日から第一部です。よければ見に来てやってください
https://kakuyomu.jp/works/16817330662012139730