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彼女が悪女になった理由  作者: 柊と灯
彼女が悪女となった理由
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父の愛する娘【過去】

「お帰りなさいませ」


 出迎えの家令やメイドたちの声に、オリーヴィアは顔を上げる。思わぬジークヴァルトの態度に心を揺さぶられていたけれど、これではいけないと前を向いた。


「ええ、戻ったわ。お父様とお話がしたい。すぐに向かうと伝えて」


「旦那様もお喜びになります」


 家令は微笑んで、当主の執務室へと伝えに行った。





「お父様、オリーヴィアです。少しよろしいかしら?」


 執務室の立派な扉をノックして、彼女は声を掛けた。厳めしいマホガニーの扉は鏡板がはめられていて重厚だ。しかしドアノブには真鍮製の花がモチーフとなった円形のものが使われている。


 厳めしい扉に可愛らしいドアノブ、そのミスマッチな組合せが自らの両親のようで、少し笑ってしまう。以前父は、「このドアノブじゃなきゃ嫌なのとお前の母様に言われたんだ」 と幸せそうに笑っていた。そんな風に、些細な事で笑い合える夫婦にオリーヴィアはなりたかったのだ。


「オリーヴィア、どうした? 入っておいで」


 父の声で意識を浮上させ、執務室へと足を踏み入れた。



「さて、急ぎの用事だったかな?」


 執務をしていた父は、しかし全てを投げ出したのだろう、ソファーに腰かけ自らお茶を入れながら娘を招き入れた。


 脚先がクローアンドボール形に細工されたソファーは父のお気に入りだ。特に座面の座り心地には自ら研究に乗り出すほど。これは退屈な執務室になるべく妻が入り浸ってくれるようにという公爵の願いが込められているらしい。いつもながら座り心地の良いそれに、オリーヴィアは浅く腰かけた。



「お父様、お願いがあるの」


「おや、珍しいね。リヴィがお願いごとなんて。君があまりにも無欲だから、可愛い娘に何もしてやれないといつも父さまは悩んでいるというのに」


「可愛いなんて言うの、お父様くらいだわ」


「そんなこと無いはずだ。リヴィはいつだって、世界で二番目に可愛いのに」


 決して一番の座は揺るがない、いつも通りの父にオリーヴィアは微笑んだ。



「お父様。これから先3年間、私の素行不良に目を瞑って」


「ん? それはどういうこと? 君はどこに出しても恥ずかしくない淑女だよ? 素行不良などそれこそ努力しなければできないだろう」


 公爵はオリーヴィアの真意が分からず首を傾げる。


「アルがね、恋をしてみたいのですって」


 その一言で、穏やかな親子の語らいの場が一気に冷え切った。


「あのくそ坊主、叩き斬ってくれる」


 荒々しく立ち上がり、衝動のままに動こうとする父をオリーヴィアはやんわりと止めた。


「私とお茶をしているのに、途中で席を立つの? お父様」


 勢いを削がれたように熱量を持て余した父は、何度か王城の方角を睨みつけ、そして深く息を吐いて座った。



「あのくそ坊主の希望を叶えるために自分の名誉を傷つける、お前はそう言うのかい? オリーヴィア」


「お父様、甥っ子とは言え不敬でしょ」


 余裕を装うように、オリーヴィアはコロコロと笑った。


「良いタイミングでしょ。私だって別に、アルブレヒトに恋焦がれてるわけじゃない」


 吐き捨てるように言った後、自然と心が痛んだ。矜持が高く、媚びられない。そんな可愛げのなさを彼女自身が一番分かっている。


「お前が泥を被る必要は無いんだよ」


 怒りを上手く逃がせないようで、公爵は膝に置いた手を白くなるほど握りしめている。


「お父様も分かっておいででしょう? 私の今の状態で、殿下が他の姫君を選ぶ。それはどういう見方をしたところで王家の不実に見えてしまう。泥を被るのなら私が適任でしょ?」


「事実、殿下の不実だよ。王家に泥を被ってもらう」


「お父様、それは駄目だわ。許されない」


 その答えを最初から理解している公爵は、迷子の子どものような顔になる。


 オリーヴィアはアルブレヒトと歩むために努力した。その努力はしっかりと実をつけて、誰の目にも彼女に瑕疵が無いことは明らかだ。華やかな装いはしなくとも、高位貴族らしい美しい容姿。指先まで徹底された気品ある所作に、詰め込まれた膨大な知識。彼女は王の妻となるために作られた、高貴な女性。


 そんな長年の努力を見ない振りして他を選ぶ。その行為は例え双方に同意があったとしても、多くの者は不信を抱くことだろう。王家の威信をたかが恋だなんて感情で、揺るがすことなどあってはいけない。


 王は揺らいではならない。絶対的な王が在り、だからこそ貴族も民も、皆彼の口から出る言葉を信じて前を向ける。


 オリーヴィアは次代の王となる、アルブレヒトを支えるために生きてきた。恋という感情を捨て置いたとしても、王を支えるという誇りだけは捨てられない。アルブレヒトが恋をするために、オリーヴィアは地位を落とす。馬鹿げた方法だと笑われるかもしれない。けれどもそれを自らで選ぶことが、オリーヴィアにとっての誇りだった。



「私がアルを好きじゃないのを、お父様も知ってるでしょ?」


 オリーヴィアは笑った。誰よりも大切な初恋の人を守るため、恋など知らぬと天真爛漫に笑った。


「アルブレヒトが成人する18歳まで、その3年間好きにさせてくれたなら、その後は今度こそ家のために尽くすから。家名を汚すことになるかもしれない。もう自慢の娘だなんて、言えはしないかもしれない。だからこそお願いするわ、お父様。私の我儘を、どうか聞いてください」


「オリーヴィア、私の可愛いリヴィ。君がたとえどんな生き方を選んでも、それでも君は私の自慢の娘だ。胸の中にしっかりと刻んで忘れないでくれ」


 公爵は娘の手に己のかさついた手を重ねる。そして心に言葉を染み込ませるように、ゆっくりと語りかけた。オリーヴィアの瞳が揺らめいた。公爵は言葉が我が子に自信を与えていくのを確かめる。


「それでオリーヴィア、君の計画を聞かせてくれる?」


 今までの空気を一新するように、公爵は不遜に笑った。


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