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彼女が悪女になった理由  作者: 柊と灯
彼女が悪女となった理由
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誰も知らない彼女の失恋【過去】

 無造作に一つに結んだプラチナブロンドを揺らしながら、オリーヴィアはただ真直ぐ外を目指す。幼馴染三人でゆったりとしていた王城の庭から廊下に入り、さすがに走りはしていないものの彼女の足取りは変わらず早い。


 普通であれば驚かれるところだろう。しかし彼女がまだ子どもだった頃から遊び場として出入りをしていたために、城の使用人は微笑ましく見つめるばかりだ。


「オリーヴィア」


 背後から低く、鋭い声が響く。アルブレヒトよりもずっと低いこの声は、もう一人の幼馴染であるジークヴァルトのものだろう。オリーヴィアのことを追ってきたのだろうが、彼女は立ち止まることをしなかった。いや、より一層足取りを早めて先を急ぐ。ようやく外にたどり着き、待っていた馬車へと飛び乗った。


「すぐに出して!」


 いつも穏やかな主の険しい声に、御者はあわてて馬に指示を出そうとする。けれど城の中から大きな体の青年が、黒髪を揺らし勢いよく近づいてきたことで体が固まってしまう。襲撃かと馬車を守るように前へ出るが、その青年が主人も良く知る人物であることに御者は胸を撫でおろした。


「お嬢様、シュタウフェンベルク侯爵令息がいらしております」


「無視なさい!」


「し…しかし」


 らしくもない高圧的な主人の言葉に戸惑いつつも、相手も貴族の子息とあって御者は無碍にも出来ない。戸惑っていると、「失礼」と低い声がする。そして無造作に馬車の扉を開いた。



「おやめなさい! 何をなさっているかお分かりですの!? わたくしは殿下の婚約者候補筆頭の――」


「リヴィ、混乱しすぎだ。”ご令嬢夜会バージョン”になってるぞ」


 ぎりりと眉を吊り上げて必死に睨んでいるものの、ジークヴァルトには全く効果は無いようだ。


「何よ。泣いてるとでも思った!? お生憎さま、ケロっとしてるわよ。分かったらもう帰って」


 オリーヴィアは手でしっしと犬を追い払うような仕草をするも、ジークヴァルトは再び、「失礼」と言うと馬車へと乗り込んだ。


「ちょっとやめてよ! 失礼って言ったら許されると思ってるの? 私、一応まだアルブレヒトの婚約者候補なんだよ? 変な噂たったらどうすんのよ」


「心配ない。殿下から送るようにとの指示だ」


 そう言うと、この場ではもうこれ以上喋ることは無いというように腕を組み、目を閉じてしまった。ジークヴァルトという男は普段主張はあまりしないが、こうと決めたら譲らない。そのことを幼いころより知っているオリーヴィアは深くため息をつき、御者に 「慌てさせててごめんね、出して頂戴」と声を掛けた。




「で?」


 オリーヴィアは素っ気なく向かいに座るジークヴァルトに声を掛けた。彼女はこの国唯一の王子であるアルブレヒトの婚約者候補だ。とはいえ、先ほど王子本人から別の女性と恋に落ちたいだなんてとんでもない希望を聞かされたのだが


 ジークヴァルトは伏せていた視線を上げ、オリーヴィアを真直ぐに見つめる。黒髪に凍り付くようなアイスブルー。おまけに威圧するような三白眼という威圧的な外見を持つ青年だが、オリーヴィアが怯む様子は一切ない。それどころか反りかえり、早く話せとでもいうような態度だ。


「『おまかせあれ!』ってあれなんだ」


 ぼそりと言ったジークヴァルトの声に、オリーヴィアは苦そうに笑った。


「われらが幼馴染殿は恋に落ちた人を妃にしたいらしいじゃない。その気持ちはジークだって分かるでしょ?」


「あんなもの、いつもの気まぐれだよ。思い付きだろ」


「そうかな?」


「アルはまだ誰かに思いを寄せた訳じゃない。俺が諫めるからお前は何も心配するな。誰が何と言っても、次代の王の妃に相応しいのはお前だ、オリーヴィア」


 ジークヴァルトのしっかりとした声によって、オリーヴィアは先ほどまでの興奮が収まっていくのを感じだ。低く、ゆっくりと語りかけるように話すジークヴァルトの声は、いつだってオリーヴィアの味方だったからかもしれない。


「相応しいか。まあ、身分で言えば私が一番だね。でも、本人が嫌だと言ってるんだから、首根っこ押さえてまで私を妃にしなくても良いんじゃない?」


 そう言い放ったオリーヴィアに、ジークヴァルトは深く息を吐いた。




 大陸で広く信仰されている教会の教えにより、シュタール王国は一夫一妻制だ。それは王族だとしても例外は無い。国が安定している今、高位貴族であっても恋愛結婚をするケースが増えており、一夫一妻制は好ましい夫婦の在り方として考えられている。


 恋愛結婚できない唯一のケースが、次代の王となるアルブレヒトだろう。王家は何よりもその血筋の尊さに重きを置かなければいけない。平民とも、そして貴族たちとすら違う高貴なる血統を示さなければいけない。そんなアルブレヒトに許される伴侶は、勿論王家の血が流れる者となる。


 シュタール王国では他国の王女から伴侶を得る場合が多い。現に王妃殿下は隣国出身の王女であるし、先代の妃も他国の姫君だった。しかしアルブレヒトにはより相応しい相手がいた。それこそがオリーヴィアだ。


 王弟と他国の王女の娘という尊い血筋、そして王弟が権力欲が全くなく、甥の立場にあたる王子の強固な後ろ盾になれることも魅力の一つだ。さらにもう一つ、大きな理由があったのだ、ついさっきまでの話ではあるが。



「アルの恐怖症、完全に治ったみたいだよ。ならもう私である必要は、無いよ」


 強くオリーヴィアは言う。ジークヴァルトはまるで自分のことのように、オリーヴィア以上に顔を歪めた。


 アルブレヒトに他の妃候補がいなかったのは、アルブレヒトが女性を怖れていたからだ。その秘密を知り、唯一アルブレヒトから怖れられることのないオリーヴィアだけが、アルブレヒトの妃候補である資格があった。だからアルブレヒトは他に選択肢を与えられることすら無かった。



「アルブレヒトは、『可憐な女性と恋に落ちてみたい』 って言ってたよ。恋に落ちた相手を愛妾にするのではなくて、妻として迎えたいだなんてさ、正義感が強いアルブレヒトらしいとは思わない?」


 眉根にある皺をより深めるジークヴァルトに、オリーヴィアはさらに話し続けた。


「夢見がちなアルだけど、王族としての誇りは高い。妻に迎えるというのなら、どこかの王家の血を引く女性を探すんだろう。側近だからと言って心配はいらないよ、ジーク」


「俺はそういう心配をしてるんじゃ――」


「いや、ジークはそういう心配をするのが仕事だ」


 オリーヴィアの正論に、ジークヴァルトは何度も口を開きかけて、言葉を探せず俯いた。



「けれど俺は......俺は、お前の努力を知ってる。それに何より、リヴィはアルが好きだろ?」


 ジークヴァルトは一言一言刻み込むように言葉に出した。その顔がどこか泣きそうで、オリーヴィアは不思議と笑いたくなった。笑って泣きたくなった。



「誰も知らない私の恋を、ジークだけが知ってるなんてね」


 ぼんやりと、オリーヴィアは呟いた。ジークヴァルトは思わず手を伸ばし、けれど途中で諦めて、中途半端に浮いたその手を握りしめる。


「でもあれだね、私たちの長年の努力が実ったんじゃない?」


「こんな形なら実らない方がよかったがな」


 ジークヴァルトはぶっきらぼうにそう吐き捨てた。幼馴染の冷たいアイスブルーの三白眼を、困ったようにオリーヴィアは覗き込む。誰よりも尊い生まれなのに、歪んだ愛にからめとられた不憫な彼らの王子様。昔の思い出から逃れ、怖れるものが無くなるように、いつだって二人は心を砕いてきた。


「お疲れ様」


「お前もな」


 そう言う二人の顔には、はっきりと疲労の色が浮かんでいた。


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