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彼女が悪女になった理由  作者: 柊と灯
彼女が悪女となった理由
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王子様とご学友【過去】

 オリーヴィアとジークヴァルトがシュタール王国の王子であるアルブレヒトに初めて会えたのは、最初の予定から3週間も後のことだった。


 アルブレヒトの不調は一度だけではない。婚約者候補の少女に会う、その事実をアルブレヒトの体は何度も拒絶する。熱を出し、食事がとれない。腹に何も無いはずなのに、拒絶するように吐き気を覚える。


 同い年でいとこだからこそ、慣らしていく意味であてがわれたオリーヴィアだった。けれどもやはりまだ時期尚早だったのではと、周囲が先に諦めそうになっていた。けれどもアルブレヒトは予定を拒むことはしなかった。6歳と幼くはあっても、王となるのだから避けられるものでは無いと知っていたからだ。




「殿下、エメリッヒ公爵令嬢とシュタウフェンベルク侯爵令息がいらしてくださいましたよ」


 側仕えの騎士が困ったようにそう告げると、騎士の体の影から金の煌めく髪が揺れる。躊躇するようにそれは何度か揺れ、それでも決心したようで、ゆっくりとアルブレヒトは姿を現した。


 黄金の髪に琥珀色の瞳、6歳という年よりは幼く見える線の細さではあるけれど、誰もが美少年と言うだろう。周囲を魅了するのも納得できるほど、アルブレヒトは美しい子どもだった。


 多くの者が息を飲み、一瞬で目を奪われてしまうその姿。それは同い年の少年であるジークヴァルトですら同じで、宗教画に描かれた天使のように美しい少年をただ見つめていた。前だけを見ていたジークヴァルトは横で起こった微かな風で、ようやくオリーヴィアが一歩前に出たことに気が付いた。



「王子殿下、学友として城に参りました。エメリッヒ公爵の子、オリーヴィアでございます」


 年の割に大柄なジークヴァルトから見ると、オリーヴィアもまた小さい。先日王城で初めて会った時は、華奢で可憐という言葉がぴったりと合うはずだった。けれども今ジークヴァルトの目の前で一歩前に出たオリーヴィアは、例えドレスを着ていても、壊れそうな華奢な肩であったとしても、まるで本物の騎士のようだった。


 胸に手をあて紳士の礼をする。指先までピンと伸びたその姿勢が、アルブレヒトのためだけに作られたものであることを、側仕えである騎士とジークヴァルトだけが知っている。紡ぐ言葉は凛としており、まだ幼いからこそ少年のよう。少女が淑女の礼をしない、それは不敬であったけれど、この場に居る者たちは少女が何を示したいかをすぐに理解した。



 先日登城したときは淡いピンクのドレスを纏っていたはずが、今日は飾り気のないモスグリーンのドレスだ。生地は公爵家の令嬢にふさわしい上質なものだけれど、無骨と言って良い分厚さだ。レースやリボン、花の刺繍などは一つも入っておらず、実用的であることが見てわかる。金の釦に金の飾緒が付いたそのドレスはまるで騎士の隊服のようですらあった。

 淡くふわふわとしていたプラチナブロンドは金の飾り紐で無造作に括られるだけ。はきはきと喋るオリーヴィアよりも、目の前で不安気に瞳を揺らすアルブレヒトの方が、よほど可憐だと言えるだろう。



 アルブレヒトは混乱した。


 目の前にいる少女が今まで出会ったどの女性とも違ったからだ。柔らかそうなプラチナブロンド、透き通るような碧色とも緑とも言えぬ瞳、すっと通った鼻筋に美しい瞳を守る長い睫毛。そして肌の白さを際立てる、目の下のたった一つの泣きぼくろ。この稀有な美しさを持つ少女からは、かけらも欲が見えてこない。


 凛として、迷いが無い。


 だからだろうか、アルブレヒトが一歩前に足を進めることが出来たのは。彼女の手を取って、「友人になってくれると嬉しい」 と、素っ気なくではあるものの、願うことが出来たのは。


 周囲の大人がホッと安堵の息を漏らす中、ジークヴァルトだけはその神々しい光景を瞬きもせずに見つめていた。


 貴族令嬢の見本のような華やかで可愛らしかったオリーヴィアが、それらを全て捨て去った。アルブレヒトを支えるために、彼女は全てを変えてみせた。



 それはきっと、同情という感情だった。

 女性からの過ぎた好意に押しつぶされてしまいそうな、幼い王子。まだか弱い存在を救いたいという少女らしい正義感だ。オリーヴィアは騎士の言葉を聞いた時、人生で初めての使命を得たような気分になった。


「おまかせあれ!」


 好きな少女小説の主人公を真似して彼女の口から出た言葉。けれども6歳のオリーヴィアは真剣だった。淡い色、輝く宝石、繊細な刺繍に華やかなレース、多くの貴族令嬢たちと同じようにオリーヴィアはそれらを愛していた。けれどもそういった少女らしい好みが王子を追い詰めることも想像できた。


 だから全てを隠してしまって、オリーヴィアは新しい人格を生きることにした。快活で、凛々しく、勇気がある、そんな小説に出てくる主人公のような明るい人間になろうとした。きっと周囲はそこまでさせようなんて、思ってはいなかった。それはオリーヴィアの幼く純粋な献身が生みだしたものだった。



 ジークヴァルトは自分の役目を知っている。絶対的な味方として次代の王を支えることだ。けれどもこの日、彼は6歳ながらに新たな決意をしてみせた。次代の王と、その伴侶となるオリーヴィアを守るのだ。あらゆる知識を身につけて、二人の世界が安心できるものであるように、心を砕いて生きていく。


 ジークヴァルトの心は軋んで微かな痛みを感じたけれど、幼い彼はその原因を知らない。それが彼への救いだった。

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