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彼女が悪女になった理由  作者: 柊と灯
彼女が悪女となった理由
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そしてそれは過去になる【過去】

 年を跨ぐ冬の日は、穏やかな気候であるシュタール王国でもさすがに強く寒さを感じる。とはいえ、市井には飢えで蹲る者も、薪が無く寝ながら凍るような者もほとんどいない。誰もが一年の終わりと始まりの時をそわそわとしながら待っている。


「いやあ、この行列を見ると、今年も終わりかって気になるねぇ」


「だな。新年の用意は終えてるか?」


「うちはかみさん任せよ!」


 目の前を通り過ぎる豪奢な箱馬車を眺めながら、道沿いにつめかけた男たちは寒そうに、手に握るカップから立ち上る湯気に救いを求める。鉛とスズの合金で出来たそれは、安価で丈夫という庶民らしい素朴さだ。王家から振舞われるホットワインはスパイスの香りがして、「一年の終わりといえばこの味だよな」という声が飛び交っている。



「お! 王太子殿下が見えたぞ。いつもながらお綺麗だなぁ。俺らと同じ人間とは思えんな!」


「お前、不敬なこと言うなよ。俺らと同じ人間な訳あるか! 王族ってのは神様の血族って言うじゃねえか。同じだなんて畏れ多いってもんだ」


「確かになぁ。王族って言やあ、目を疑いたくなるほどみんなお綺麗だもんな」


 長く平和が続くシュタール王国では、王族は畏敬の念を抱くのは勿論のことではあるものの、その華やかな生活にゴシップの要素を見出して、楽しく噂をする対象でもある。箱馬車の小さな窓から見える王族たちの姿は、庶民たちの年末の楽しみでもある。



 そんな庶民を今一番騒がせている少女が乗る馬車が、彼らの前にさしかかった。鹿の紋章が施された豪奢な馬車は、王弟が当主であるエメリッヒ公爵家のものだ。


「でも神様の血族って言うには俗っぽすぎるお方もいるみてえだぞ」


「あの方もお綺麗なんだがなぁ」


 残念そうな男を嘲笑うように、対面に居る男が鼻を鳴らす。


「お綺麗でも阿婆擦れだったら意味無えだろうがよ」


「馬鹿、おめえ酔ってんのか!? 王侯貴族を噂して処罰され無えのは、ただお上が懐が広いからなんだぞ! いくら何でも言いすぎだってんだ!!」


 冷静な男の叱責に、盛り上がっていたその場が一瞬冷える。


「でもよ、王子殿下のお妃探しをするらしいぞ」


「王弟殿下の娘御がお相手じゃなかったのか?」


「じゃあ次のお妃様も他国のお方か」


 ある男がぽつりと言った言葉が静かに広がっていく。彼らはどこかで期待をしていたのだ。自国出身の美しい王と王妃。その二人による穏やかな治世に。


「ま、お上のやることに口出しできる訳でも無し。俺らもそろそろ帰って家の手伝いしねえとかみさんに叱られるぞ!」


 その一言が合図となり、各々家路に就くのだった。


 ***


「リヴ!! 久しぶりだね」


「お、背が伸びた?」


「そうなんだよ。リヴがなんだか小さく見えるね」


 アルブレヒトは今年の春と目線が大きく違うことに戸惑ったようだ。対面してもどこを見て良いか分からずに、視線をさ迷わせている。


「まあそれでもジークには遠く及ばないけどね」


 そう言うと、アルブレヒトはいつものように柔らかく笑った。けれど顎が尖り、少し逞しくなったその表情にオリーヴィアは昔との違いを強く感じる。


「今年はジークもいるんだね」


「ああ。アルが祭事を任される時には俺にも役割があるからな」


「やること多そうだもんね」



 シュタール王国では、一年の終わりの日に神の血族である王とそれに連なる者たちが祈りを捧げる。神が新しい一年を作り出すときに、安寧と豊穣の祈りをこめてもらえるように願うのだ。


「儀式まではまだ時間がある。とりあえず私たちもゆっくりしよう」


 アルブレヒトのその声で、幼馴染の三人は王族のために用意されたサロンの一室へと場所を移した。



「リヴ、久しぶりだけど、......大丈夫?」


 ソファーに腰かけたアルブレヒトは、ようやく昔と同じ目線が戻ってきたと安心したようにオリーヴィアを見る。そして遠慮がちに、伺うようにそう聞いた。


「絶好調! アルも聞いてるでしょ? 私の活躍!」


 不自然なほどに明るいオリーヴィアの声に、アルブレヒトはほっとため息をつく。


「オリーヴィアが元気そうで、私はちょっと安心したよ。私の浅はかな願いのためにしていることで、悪し様に皆から噂されるなど、私は申し訳なくて」



(本当に、アルブレヒトは王子様なんだな)


 オリーヴィアは思わず苦笑する。アルブレヒトのためにオリーヴィアは行動をしている。それは事実であるけれど、今更自分のためだと改めて言われたくはなかった。初恋は戻らないし、評判はこれから悪くなる一方だ。すべて納得して前を向いているからこそ、今更申し訳ないなど思ってほしくも無い。


 次代の王として育てられたアルブレヒトは、相手の心を推し量ることが上手くない。昔はそれもアルブレヒトらしさだと愛しく思ったものだったけれど、今は不思議と彼女の心は凪いでいる。


(かさぶたに、きちんとなったのかな)


 以前は少しのことで失恋の傷が疼き、じくじくと膿んでいた。未だにアルブレヒトを見ればちくりとした痛みは感じるけれど、それは思いの残滓のように感じられた。


「ジーク、どうかした?」


「いや......なんでも無い」


 強い視線を感じ振り向くと、一心にオリーヴィアを見つめるジークヴァルトと目が合った。きっと自分のことを案じていたのだろう、そう思うと頬が緩むのをオリーヴィアは感じた。



「リヴはその、将来どうするつもりなんだ?」


 アルブレヒトは気まずそうに切り出した。次代の王妃として育てられたオリーヴィアだけれど、急にその未来は闇に包まれてしまった。


「そりゃあ私は貴族令嬢。誰かの嫁になるよ」


 あっけらかんとそう言うと、アルブレヒトはおかしそうに噴き出す。


「リヴが貴族令嬢だと名乗ると違和感があるな。なあ、ジークもそう思うだろ?」


「ジークに振るのやめなよ。私だって自分でも女らしさは無いって思ってんだから」


 困ったように首を傾げるジークを見てオリーヴィアは助け船を出す。



「でも今の社交界じゃあオリーヴィアほど色っぽい令嬢はいないって評判だ! 結婚した後も今の演技を続けるの?」


「どうかな、相手によるよ」


「一生演技をし続けるだなんて窮屈じゃない?」


「好きな相手のためならなんてことないでしょ」


 アルブレヒトのその言葉に、オリーヴィアは明るく笑った。好きな相手の好みの自分になることは、そんなに大変な訳じゃない。彼女はそれを短い人生の中でも知っていた。


 一方でアルブレヒトは困惑していた。自分の口から何故棘のある言葉が紡がれるのかが分からなかった。アルブレヒトの予想では、オリーヴィアは傷ついているのではないかと思っていた。けれど実際に会えば、アルブレヒトのことなどどうでも良いといった雰囲気のさっぱりしたもので、彼自身も理解できないけれど、それが酷く苦しかった。



「そうかな? いつか疲れるんじゃない?」


「疲れたら疲れたときだね」


 アルブレヒトは何故がむきになったかのようにオリーヴィアに問いかけてくる。


「まあでも、オリーヴィアは外見と中身のギャップが激しいもんね。演技をやめれば相手の男は驚いてしまうか」


 揶揄うようなその声は、誰もが気づく悪意があった。けれどもオリーヴィアは、、アルブレヒトの言葉よりもそれにショックを受けない自分に驚いた。ジークヴァルトが何か言おうとするのをとどめ、オリーヴィアは話し出す。



「心配しないで。どんな私でも可愛いと、そう言ってくれる人が居るはずだから」


 オリーヴィアは笑った。何もかもを吹っ切るような、すがすがしい笑顔だ。


「粗雑な言葉を使い、時には剣を振るい、体を動かすことが好きで、男よりも博識な君を?」


 アルブレヒトが述べたそれらは、シュタール王国の理想の淑女とはほど遠いもの。アルブレヒトのその皮肉を聞き、それでもオリーヴィアはにやりと笑った。


「オリーヴィア・エメリッヒを手に入れる男よ、そんなの当り前でしょ。頭の天辺から足の爪先まで全部可愛いって言ってくれる、そんな男のはずでしょ」


「当たり前だ」


 突然のジークヴァルトの声に、思わずオリーヴィアは目を見張る。注目を浴びたからか微かにジークヴァルトは耳を赤くして、コホンとわざとらしく咳払いをした。


「アルブレヒトは恋する相手を見つけ、オリーヴィアは自分のことを可愛いと思う相手を見つける。将来が楽しみだな」


 ジークヴァルトの冷静な声でアルブレヒトも上がっていた熱を覚ます。自分が何にむきになっていたのか分からない様子で首を横に振った。


「アルは来年から忙しくなるな、まあ頑張ってよ」


「リヴも悪女役、やりすぎないようにね。トラブルなんかに巻き込まれないように」


 幼馴染たちは久しぶりの楽しい時間を過ごし、新しい一年に備えるのだった。

ここで一段落となります。

二章はある程度用意をしていますので、もう少し書き溜めてからお出しできればと考えております。お待ちいただけると嬉しいです。

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