ジークヴァルトは気づいてしまった【過去】
今回はかなり短めです。
「可愛らしい女性に恋をしてみたい」
ジークヴァルトの幼馴染であり、主君であるアルブレヒトはたしかにはっきりと、そう言った。
その言葉がジークヴァルトには、一切全く、これっぽっちも分からない。
(可愛らしい女性なら、目の前にいるじゃないか)
この世の可愛さを詰め込んだような少女、オリーヴィアがそこにいる。なのに他に探してみたいとは、ジークヴァルトには長年付き合った幼馴染の心が一切分からなかった。
オリーヴィアを初めて見たジークヴァルトは、その可愛らしさに衝撃を受けた。ふわふわのプラチナブロンドに、引き込まれるような輝く瞳。すべすべの白い肌は楽しいことがあればすぐに色づいて、小さな唇からはこれまた可愛い声がする。
男兄弟のなかで華やかさとは無縁で育ち、小さな頃から泥だらけになって遊び続けていたジークヴァルトにとって、オリーヴィアは可愛さの化身だった。
ジークヴァルトは自分が怖がられる外見であることは理解している。年の割に大柄で、目つきの悪い三白眼。その瞳の色は凍り付くようなアイスブルー。たまに母親のお茶会に連れられてくる同じ年頃の子息令嬢も、ジークヴァルトには近寄らない。
だからこそ、まだ小さいオリーヴィアとも距離を置こうと思っていた。けれども彼女はアルブレヒトの事情を聞いて、「共に殿下を支えましょう」とジークヴァルトに微笑んでくれたのだ。可愛いものに優しくされた経験のないジークヴァルトは、その言葉を永遠に守ろうと、幼心にそう決めた。
ジークヴァルトにとって、オリーヴィアはとても可愛い。
それは外見上の特徴でもあり、それ以外の全てでもあった。
初めて見た人形のような姿も可愛いし、アルベルトのために装う簡素な姿もその心根が可愛い。粗野な言葉遣いを無理にしていたのも可愛いし、それに慣れてしまい令嬢バージョンに恥じらう姿も可愛い。イタズラをして怒られる時も、自分たちと同じように遊んで疲れて熱が出るようなか弱さも、彼女の全てがただただ可愛い。
アルベルトに笑いかけるオリーヴィアは、可愛いけれど何故だか胸が痛い。
アルベルトにエスコートされるオリーヴィアは可愛いけれど、後ろから眺めると苦しくなる。
アルベルトの隣はオリーヴィアしかいない、そう思うのにいざ口に出すと胸を掻き毟りたくなる。
アルベルトの元で泣けないなら、自分のところで泣いてほしい。
アルブレヒトとオリーヴィアの幸せな未来を守ることが夢だった。アルブレヒトが勝手にそれを滅茶苦茶にして、それなのにジークヴァルトの心に浮かんだのは、渦巻くような歓喜だった。
アルブレヒトは間違えた。そしてオリーヴィアは傷ついた。それなのに、ジークヴァルトはどこまでも嬉しかった。
この時初めて、ジークヴァルトは自分の中で蠢く感情に気付いた。
オリーヴィアが、怒っても、笑っても、拗ねても、照れても、どんな姿も可愛く見える、その理由を。
信頼するアルブレヒトですら彼女の手を取ってほしくないと思う、その理由を。




