表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女が悪女になった理由  作者: 柊と灯
彼女が悪女となった理由
13/17

悪女の誕生【過去】

「オリーヴィア、僕の天使。君は世界で一番可愛いよ」


 プラチナブロンドに紫の瞳を持つ青年が、オリーヴィアに蕩けるような笑顔を向ける。オリーヴィアは少し頬を染め、微かに目線を下げてしまった。


「兄さま、言われ慣れてなくて恥ずかしい」


 ぎりぎりまで耐えたのだろう。けれど最早我慢が出来ないようで、オリーヴィアは両手で顔を隠し、エメリッヒ公爵家の玄関ホールで蹲って丸まった。


「あらあら、オリーヴィアったら」


「リヴィが可愛らしすぎて心配だ!!」


 両親はそれを眺め、それぞれ好き勝手な反応を示している。


 今日はオリーヴィアが”悪女”デビューをする記念すべき日だ。王城で開催される大きな舞踏会で、多くの貴族たちが参加する。



 幼馴染たちと決別し、オリーヴィアは日課であった登城をやめた。最早一緒に学ぶ必要もなかったし、これから評判が悪くなる自分がアルブレヒトの側には居られないからだ。


 そしてそれに伴って、母に徹底的に女子力向上の特訓をさせられた。もともと王家に嫁ぐということで、容姿を磨くことに手を抜いたことは無かった。それでもやることは驚くほどに多く、虚しさを感じる間も無く日々は過ぎた。


 自分に似合うドレスを仕立て、調香師に専用の香りを依頼した。宝石や仕立ての良い靴などをいくつもオーダーしていく。それらはどれも新鮮で、そしてオリーヴィアにとっては忘れていた心が躍るような瞬間の連続だった。



 今日のオリーヴィアは最先端のエンパイアラインのドレスだ。母のルクレツィア曰く、「悪女なら、透けてるモスリンよ!」 と言われたため、オリーヴィアのドレスルームにはモスリンドレスが多くかかっている。本日は王城での舞踏会ということで、形はモスリンドレスそのままに、素材を薄絹で作らせたものだ。


 白い薄絹に金糸で繊細に刺繍がちりばめられたドレスは、まるで神話の世界のような煌びやかさだ。ロングトレーンは深い瑠璃色で、こちらにも金糸でたっぷりと刺繍が施されている。コルセットを締め付けないそのシルエットは、華奢ではかなげなオリーヴィアに良く似合う。


 ゆるく巻いたプラチナブロンドは、結い上げつつも揺れる巻き毛を肩に垂らす。そして髪飾りとして摘んだばかりのラナンキュラスをつけていく。


「ごめんね、間違えていたね。今日は天使じゃない、花の妖精かな」


 そう言って、兄のリヒャルトは巻き毛に口づけをする。ただでさえ可愛いと褒められ慣れていないオリーヴィアは、最早疲れてしまっている。その反応が面白いようで、兄は追撃の手を緩めない。


「兄さま。天使や妖精なんかじゃありません。私、今日は悪女になるのです!」


 キッと睨みつけながらそう言うも、「そうかそうか」 と兄は愛犬を愛でるようにオリーヴィアの頭を撫でるのだ。


「ほらほら、いつまでもじゃれ合っていないで行きますよ」


 母のその合図で馬車へと乗り込み、城へと出かけるのだった。 




***


「兄さま。怖い」


 オリーヴィアは余裕な笑みを崩さずに、けれど兄であるリヒャルトにのみ聞こえるような声で呟いた。気丈で優雅、淑女の手本と言われるオリーヴィアは、兄にだけは弱音を吐く。それがリヒャルトにとっては何よりも嬉しい瞬間だ。


「大丈夫。僕の天使が可愛いから、みんな見とれているだけだよ。ここで笑みを深めてごらん」


 兄からの指示に反射で反応して、ゆっくりとあたりを見回しながら柔らかく微笑んだ。すると一瞬静まりかえり、その後より一層喧騒が高まった。



「リヒャルト様の横にいらっしゃるのは妹君?」


「オリーヴィア様ってあんなにも華があったかしら?」


「殿下の婚約者候補とは、まさに高嶺の花だ」


 オリーヴィアを賞賛する声が会場を満たし、リヒャルトは満足気に微笑んだ。


 リヒャルトの愛する妹の人生を変えたのは、シュタール王国の王家だ。軟弱な従弟がめえめえと泣いたため、愛する妹が盾となる決意をしてしまった。けれどリヒャルトとしては、それでも納得はしていたのだ。そもそも可愛らしい装いをしなくとも、彼の妹は世界で一番可愛い。それに妹には貴族婦人として生きるのはもったいない才があったし、何よりも彼女自身がアルベルトを好んでいるのを知っていたから。


 だからこそ、アルブレヒトの勝手さには呆れてしまう。アルブレヒトに悪意は無い。そしてリヒャルトの見立ててでは、自覚は無くともアルブレヒトはオリーヴィアを好ましく思っている。大切だから、怖さの対象であった女というカテゴリーには入れたくないと思うほどに。


「せいぜい後悔すればいい」


「兄さま、何か言った?」


 ぼそりと呟いたリヒャルトの声は、オリーヴィアには届かない。見上げる妹に向かって、「とっても綺麗だよ」と微笑むのだった。






 王城の夜会会場にワルツが流れる。三拍子が自然と足を動かすようで、アルブレヒトとオリーヴィアもファーストダンスを踊り始めた。


「これからアルは大変になるわね」


 オリーヴィアはにやりと笑い、複雑なステップを顔色変えずに踏んでいく。


「大変なのはリヴの方だろ」


「何言ってるの。私が遊び始めたら、動き出すのは後釜を狙う他国の王族だけじゃないよ。愛妾狙いの女の子たちも、一気にアピールを始めるはず。気を抜いたら食われちゃうからね」


「その言い方だとまるで捕食動物だ」


 アルブレヒトは面白そうに笑う。けれどもすぐに眉尻を下げ、伺うように話し出した。


「私としては、やはりリヴの計画には反対だよ。私のために――」


「黙って」


 幼馴染だからこその口調でオリーヴィアはアルブレヒトの言葉を遮った。


「勘違いしないで、アルのためじゃない。今まで窮屈だったから、好き勝手遊ぶだけだよ」


 くるりとまわって、再びアルブレヒトの顔を見た。


「次はドレスアップしたら可愛いって、私を評価してくれる人を見つけるの。私の価値を理解して、大事にしてくれる男性をね」


 皮肉るように言うと、アルブレヒトは慌ててしまう。一緒に居ることが当たり前すぎて、彼女の装いを褒めることすら忘れていたのだ。慌てて褒めようとするアルブレヒトの口を、再びオリーヴィアは言葉でふさいだ。


「とってつけたように褒めないで。もうそれは、誰か違う人のためにとっておくの。アルからの言葉なんて、もう欲しくないからね」


 オリーヴィアがそう言い切る頃、ワルツは終わりを迎えた。



「ご令嬢、どうか一曲踊っていただけませんか?」


 普段であれば、兄と踊るか社交に励むかするところ。けれどもオリーヴィアは差し出された手をとった。そしてその後は、申し込まれるままに貴族の子息たちと踊り続けた。断ることなく楽しそうにくるくると舞う、貞淑なはずのオリーヴィアのその姿は周囲に衝撃を与えた。


 夜会のダンスは男女の出会いの場だ。腰に手を当て、手と手を合わせて踊るダンスは男女の親密さを深めていく。だからこそ婚約者のいない男女はパートナーを求め、様々な相手と踊るのだ。一方で婚約者や配偶者がいるものは、決まった相手以外とはあまり踊らない。これ以上の出会いは求めないという姿勢は大切で、パートナーと共に挨拶周りをするものだ。


 オリーヴィアは相手を選ばずに踊り続けた。それはオリーヴィアが異性を求めているという何よりの主張だった。良識ある貴族は顔を歪め、彼女に焦がれる子息たちは浮足立つ。急なライバルの出現に令嬢たちは扇子を握りしめ、夫人たちは真似してはいけないと令嬢たちを諫めていた。



 この日、オリーヴィアは自分の評価を塗り替えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ