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彼女が悪女になった理由  作者: 柊と灯
彼女が悪女となった理由
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親の心子知らず【過去】

「どうだった?」


「ええ、眠っていたわ。可哀想なわたくしの娘」


 ルクレツィアはそう言って、お気に入りの扇子をパキリと折った。「透かし彫りは強度が足りないわ」などと言って、興味も失せたように放ってしまう。


「あの夢見がちな馬鹿親子め。子が子なら親も親だ。自分の家の不始末をうちの娘に押し付けて、その後の舵取りもせずに好き放題。乗り込んで首でも取ってきてやろうか」


「久しぶりにレティさんの毒の部分を見たね」


「止めないの?」


「僕はレティさんがこの国を滅ぼすのだったら、全力でその手助けをする。いつだってそうだったでしょ?」


 柔らかい様子の夫に、苛立っていたルクレツィアは勢いを失う。そしてそれを見越していたように、公爵はルクレツィアの背をさすりながら言葉を続ける。


「でも簒奪なんてしたら、それこそリヴィは悲しむね」


「それが猶更腹が立つのよ! あのぼんくら王子め。ただ傷つけるだけじゃなく、憎ませてもやらないなんて。裏切りを受け、泣き叫ぶことが出来ないことほど辛いことは無いというのに。いっそ嫌いになれたなら、リヴィは心に受けた悲しみを発散することができるのに」


「優しい子だからね。自慢の娘だ」


「優しいどころか、オリーヴィアも大馬鹿者よ」


 吐き捨てるように言ったルクレツィアを、エメリッヒ公爵はぎゅっと抱きしめた。愛する者をコケにされた悲しみを、憎しみとして漏らさないように互いを抱きしめた。



「そもそも、王子に嫁にやるつもりなど無かったというのに!」


「それはそうだね、リヴィが生まれたときに、君の国へ逃げれば良かった」


 そう言って公爵は寂しそうに笑った。


 アルブレヒトと同い年で生まれたオリーヴィアは、エメリッヒ家の天使だった。両親も、そして五つ上の兄も一緒になって可愛がり、誰もがみんな慈しんだ。だからこそ、まだ物心つかないうちに提案された婚約という話に、頷くことが出来なかった。


 王の子であるアルブレヒトは次代の王だ。彼は決して自由に伴侶を選べない。けれどもオリーヴィアは違う。普通の令嬢として育ち、いつか誰かと恋をして、そして結婚することが出来た。だから公爵は兄である国王陛下の頼みを押しのけて、オリーヴィアの自由を守った。


 しかし、オリーヴィアたちが6歳になる頃に、状況が変わってしまった。久しぶりに王城の奥に招かれたそのときに、公爵の視界に入ったのは怯える子ども。ちっぽけで哀れなシュタール王国の王子だった。次代の王になる少年が持つにはにはあまりにも、残酷すぎる弱点だった。


 悩みに悩んだ公爵は、渋々という態度は崩さずにオリーヴィアをアルブレヒトに紹介した。彼らは親の悩みを吹き飛ばすほどに仲良くなり、そしてその熱量で、アルブレヒトの弱点も消してしまった。



「わたくし決めましたの」


「何をかな?」


「わたくしの可愛いリヴィを、誰よりも立派な悪女にしてみせます」


「それはなんだか不思議な決意だな」


 そう言って公爵は笑う。


「あの子の部屋は、相も変わらず可愛らしさを詰め込んだような歪な部屋。可愛くあってはならないと思いながら、けれども可愛く見られたい、その苦しい気持ちは考えただけでも胸が詰まるもの。そんないじらしいオリーヴィアをいらないというのなら、絶対にくれてやらない。あんな王家などに渡してはならなくてよ」


「穏便に婚約を成立させないようにとなると、オリーヴィアの評判を落とすのが一番。それは分かっているけれど、納得はいかないね」


 やれやれと公爵はため息をついた。


「今はあのくそ坊主を思っていても、いつか他の男を思うかもしれない。そんな時に、悪評は枷になる。過去や今だけじゃなく、未来まであのくそ坊主に台無しにされなくても良いだろうに。幼い頃にオリーヴィアとアルブレヒトを会わせた自分を殴りたいよ」


「分かっていないわ、旦那様。それくらいの悪評で尻込みするような男、リヴィには不釣り合いというものよ。向き合い、あの子を少し知れば、悪評がどういった意図か分かるというもの」


「まあそうあって欲しいというのが親心だけれどね」


「それにリヴィの評判を地に落とさなければ、厚顔無恥な王家は再びオリーヴィアを望みかねない。そんな屈辱を与えてくるのなら、あの子を縛り上げてでも亡命するわ。あなたも覚悟なさい」


 妻を愛する公爵は、王家に釘をさすことを決意した。


「せっかくつまらない王子の妻という立場から解放されたのだもの。オリーヴィアは楽しめば良いわ。年頃の娘らしく着飾って、貴公子を翻弄する楽しさを感じたら良い。意地の悪い令嬢たちと舌戦を繰り広げても良いわね。今までがお利口すぎたのだもの、少し愛娘に振り回されてみましょうよ」


「君にそう言われると、何故だか楽しそうに思えてしまうから不思議だね。まあ、とりあえずは、私たちの娘がぐっすりと眠れるように祈っていよう」


「わたくしはあの子のドレスを用意しておきましょう。ずっと質素なものばかりだったけど、毎年わたくし好みのものを数着作らせておいてよかったわ」


 頭の中で用意するドレスを思い浮かべ、ルクレツィアはにんまりと笑った。


「そうそう、仕立て家を呼んで、装飾品も新しくしましょう。出入りの商会に香りの良い香油を注文して、あとそうだわ! 調香師も読んであの子の香水を作らせなくてはね」


 どれも娘としたいと思っていたことだ。誰かから期待された姿では無く、好きなものを着て、好きな香りを纏う。その手助けが母としてしたかった。


「やるべきことが山ほどあるわ。これじゃあおちおち城に闇討ちなんてしている時間も無くてよ」


「闇討ちするときは言っておくれ、可愛い奥さん。直接王の寝室につながる抜け道を君にだけ教えるよ」


 そう言って、公爵はルクレツィアの髪に口づけを落とした。


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