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第19話 時々刻々と


 セリアがペンダントを握りしめて眠った翌日、カトラスタ王国の城ではラナハルトが妙に幸せな気分で目覚めていた。夢の内容は思い出せないが、久々にとても満たされた温かい気持ちで朝を迎えたのだった。


「夢見が良かったのですか?」

「はは、分かるか? 思い出せないが良い夢だったように思う」

「良かったです。最近顔色がすぐれないようでしたからね。このままなら、レナード様に人形でも作ってもらおうかと思っていましたよ」

「いらない!」


 顔を真っ赤にしたラナハルトの反応にピスナーは笑う。宰相のレナードは最近、手製のチッチ人形を作製し、こっそり頭に乗せていたのを部下に見られ、ちょっとした話題になっていた。冷徹だと思われていた宰相にそんな趣味があったのかと、もっぱら好意的に取られていたようだが、ラナハルトは「まさかセリアの人形も作る気じゃないだろうな?」と警戒し、それをピスナーにからかわれたのだ。


「どうも、例のパーティーはそろそろ開かねばならないようですね」

「そのようだな……昨日父上からもそう言われた」


 ラナハルトは今年20歳になる。大国カトラスタの第1王子として婚約者が決まっていないというのは各国が注目しているところであり、最近殊更に自国の者を婚約者にと狙う水面下での各国の争いが激しくなっている。ラナハルトの父バールベルト国王は、近隣国をまとめる立場として、それをそろそろ見過ごせない事態と見ており、これまではラナハルトの意志を尊重して控えてきたが、近々婚約者候補を集めてパーティーを主催するつもりであると、ラナハルトに告げたのだった。

 ラナハルトも自身の立場は分かっており、それが当然なのだと頭では理解していた。


「やはり乗り気ではありませんね」

「ああ」

「今はあまり深く考えずパーティーに望まれてはいかかですか? そこで最終的な決断をしなければならないわけではないでしょう」

「そうだな……」


 ラナハルトの気持ちを少しでも軽くしようと、ピスナーはあえて軽い調子で言う。



 その頃、バルト帝国の帝都グラダの城では、アイーダとセリアがお茶を楽しんでいた。


「お祖母様、私このハーブティーの香りがとても好き」

「セリアは本当に好みもサリーナに似ておるな」

「えっ、お母様もこれが好きだったの?」

「ふふ、そうだ。だから、サリーナが嫁いですぐの頃はこれを送ったものだ」

「お祖母様は、アリスト王国へいらっしゃったことはあるの?」

「いいや、行ったことはない。大昔に帝国とあちらの大陸は戦争をしたという経緯があるからな。それに、サリーナの婚儀はこちらでもあちれでも行われたしな」

「確か、カトラスタが周辺国をまとめていくということで、帝国と不可侵協定を結んだのよね?」

「ちゃんと勉強しておるな。その通りだ。なので、以来、余程のことがない限りは帝国から公式に訪問はしていない。あちらから来ることは何度かあったし、民の間では細々と交流はあるがな」


 当時、バルト帝国は軍事力では大陸の7ヶ国を凌ぐ兵力を持っていたが、海を越えての出兵には出費も大きかった為、協定はすんなり国民にも受け入れられたのであった。以来、国力で大陸7ヶ国を遥かに凌ぐ帝国から訪問することは緊張を招くため、していなかった。


「だがな、戦争をしたのは昔のことだ。実は、そろそろ一度かの大陸に行ってみたいと考えておる。セリアの生まれ故郷でもあるしな」

「え、本当に?」

「ああ、本当だ。オスラとも話しておったのだ」

「嬉しいわ! あ、でも……」

「セリアは何も心配することはない。我らの孫として訪問するのだからな」


 そう言うとアイーダはセリアへ優しく微笑む。



 セリアはそれから意外と忙しく過ごした。まずは、前から習得したかった乗馬をトラスに教えてもらう。


「姫様、ずいぶん馬を乗りこなせるようになりましたね!」

「ありがとう! トラスのお蔭よ」

「これなら遠出もできそうです」


 セリアはそれを聞いて、ふとナイディル王国からの帰り道でのことを思い出す。あの時は道中の半分はラナハルトが乗せてくれた。ラナハルトの腕に支えられて体温が背中に伝わり、寒い道中でも温かかった……。そこまで思い出したセリアは急になぜか恥ずかしくなってくる。「あれ、どうしてかしら……あの時は平気だったのに……」微妙な顔つきをトラスに気づかれないように、セリアは馬に集中したのだった。


 次に、公式訪問の為にモクトの厳しいチェックの元で衣装を誂えてもらい、その合間には、思念の能力の更なる向上にも努力を惜しまなかった。思念の能力範囲を広げる為、離れた地点に待機してもらっているハナの思念を読み取ろうとしていると、それを知らないモクトの声が飛んで来る。


「セリア様、顔はもう少し上げたままでお願いします」

「あ、ごめんなさい!」


 帝国では地位のある女性が他国を公式訪問する際は、顔を隠す装束を纏うという伝統があり、今セリアの頭には装飾が施されたベールが装着されていた。銀色の生地に帝国の紋章でもあるピューラスが金糸で刺繍されている。ベールは内側からは見えるけれど、相手からは見えない特殊な織り方で作られた素材で出来ていた。他に何着か仕上げる間もセリアは思念の訓練に忙しかったが、モクトは全ての衣装が思い通りに仕上がったようで、満足気に頷いていた。


 衣装の準備ができた後は、帝国の作法や踊りの練習なども叩き込まれる。天空塔にいる時にはたまに1人で練習をしたこともあったが、ちゃんと人と踊るのは新鮮だった。踊りの先生には筋が良いと褒められて、セリアはダンスの練習が楽しかった。


 セリアは町へ出かけた際に、とある町のガラス細工の店へ寄っていた。様々な色のガラス細工がキラキラと輝く店は、見ているだけで楽しい気分になったが、店主の驚きの表情を見て、セリアは素早く目を走らせ、ブルーグレーのガラスの丸い玉のついたネックレスを見つけると購入した。そのガラス玉はグラデーションが美しく、まるで惑星のような輝きがあった。「うふふ、そっくりだわ」セリアは嬉しそうに笑うと、その包みを大切に胸のポケットへとしまった。


 それからしばらくして、バルト帝国からの親書を受け取ったカトラスタ王国の城は、その異例の訪問を告げる内容に皆が驚き、慌てる事態となっていた。


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