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第4話 騎士の訪問

 

 弱々しく、くぐもった声が近くの部屋のどこかから聞こえてきてセリアは焦った。


「すみ……ません。俺が守らなくちゃ……のに」

「トラス、話さなくていいわ。必要なら思念でやり取りしましょう」


 セリアはトラスの状態があまり良くないことを想像して、途端に焦ってくる。そして、約束を破ったウトラウスへの怒りが湧いてきた。


……チッチ、チッチ、お願い、来て!……


 セリアは一つだけついている地下室の部屋の窓に向かってそう念じた。もう日が暮れており、窓からは地表を這う月の光が差し込んでいる。


……姫様、どうしたの? なんでこんな所にいるの?……


 しばらくして届いたチッチの思念に喜びながら、セリアは考える。


……チッチ、有難う来てくれて。私とトラスはここへ閉じ込められたの。なんとか出たいのだけど、部屋の戸を壊せるような物が欲しいわ。何か取ってこられるかしら?……

……分かったよー、ちょっと待っててね!……


 しばらくして戻ってきたチッチは、ノコギリやらハンマーやらといった非常に役立つ道具を運んで来てくれた。


……チッチ、ありがとう!……

……うん、チッチ力持ちになったからねー……


 チッチに感謝したセリアは、ハンマーを手にした。


「非常事態だから、ドアを壊します!」


 誰にともなくそう宣言したセリアは、ハンマーを振りかぶってドアへ叩きつけた。


――バゴッ――


 意外と薄い板だったようで、ハンマーは数振りで貫通した。そこから、ハンマーとノコギリを使ってセリアは廊下へと脱出すると、トラスの部屋を捜し出し、同じようにドアを破った。


「トラス、しっかりして! ひどい怪我だわ……」


 トラスは顔にも痣があり、ぐったりとしている。身体が熱いので熱もあるようだった。

 チッチに水を運んで来てもらい、トラスへ与えているとチッチがさえずる声が聞こえてきた。その声はとても澄んでいて、頭の中にすぅっと溶け込むようで、音色が残す余韻はセリアをリラックスさせるとても不思議な感覚だった。そのお蔭か、反応のなかったトラスがうっすらと目を開けた。



 その頃、上階のバーガルド家では、突然の帝国騎士の訪問に顔を引きつらせて応対するウトラウスと母テアリアの姿があった。


「なぜ騎士殿がわざわざ我が家にいらっしゃるのです?」

「ウトラウス、白々しいぞ。お前の悪事のせいだ」

「何のことか分かりません」

「セリアとトラスを攫っただろうが!!」


 ラークへは丁寧な言葉遣いだったウトラウスは、ライデンが怒りを露わにして怒鳴るのを聞くと、途端に見下した態度になる。


「平民は黙ってろ!」

「ウトラウス、ライデンは私の親友だ。侮辱は許さない。それに、平民あっての貴族という帝国の精神にも反する」

「うぐ……」

「とにかく、そのセリアとトラスを引き渡すまでは帰らないぞ」


 その時……。


――バゴッ……バゴン……ゴシュゴシュ――


 突然響いてきた音に、皆が怪訝な顔をする。


「何だこの音は? 地下から響いてくるようだが? 地下に何かあるのか?」


 ラークがそうつぶやくと、ウトラウスの顔が青ざめる。


「怪しいな、地下へ案内しろ」


 そう言うが早いかラークは戸口へと歩き出した。


「待て、地下には危険な猛獣がいるんだ! 近づくな!」

「それなら余計に調べなくてはな。近隣へ被害が出てはいけないしな」


 地下への扉はすぐに見つかった。もはやウトラウスは何も言わずふて腐れた態度でついて来る。地下の廊下へ下りると何かがさえずるような、聞いたこともない美しい音が響いてきた。


「なんだこれは? どこから聞こえてくるんだ?」


 しばらくするとその声は聞こえなくなり、代わりに女性の声が聞こえてきた。その声のする方へ向かう途中に、戸が破壊された部屋がありラークに緊張の色が走る。しかし、声を発したのはウトラウスだった。


「何が起こったんだ! どこへ行ったあの女!」


 思わずそう口走ってから、しまったという顔をする。


「やはり、猛獣ではなかったみたいだな」


 少し進むと同じように壊された戸の部屋があり、その中から女性の声はしていた。


「セリア! 大丈夫か!」


 ラークより先にライデンが部屋へと飛び込んで行った。部屋の隅にいるようで、暗くて姿は見えないが声だけが響いてきた。


「ライデン? ライデンなのね! ああ、良かったわ! トラスが怪我をしているの!」

「なんだと? くそっ! よし、とりあえず廊下まで運び出そう」


 そうして、その女性が部屋の中央に移動すると、小さい窓から差し込む月光に照らされて、その姿が浮かび上がった。


 ――ラークは、しばし時が止まったように、その姿に見とれていた。


 青白い月の光が金髪を輝かせ、肌の白さに神秘的な光を与えている。不安そうに見つめる美しい瞳と目が合い、ラークは吸い込まれるような感じがしていた。そして同時に、どこか馴染があるようなその面影から目を離すことが出来なかった。


「……―ク、ラーク!」


 ライデンが自分を呼ぶ声に、やっと我に返ったラークは慌ててトラスを運ぶのを手伝い始めた。



 その後は、屋敷へ帰って来たこの家の主人ザント・バーガルドがセリア達と鉢合わせすることになり、セリアの美しさに涙を流すほど喜んだザントは、セリアが息子のウトラウスによって攫われた挙句に地下室に閉じ込められたことを知ると、ウトラウスに激怒した。


「美しいものの愛で方がなっておらん! お前が地下室へ入っていろ!」


 そして、ザントはセリアの願いを快く聞き入れ、トラスを屋敷の部屋で介抱して医者も呼んでくれた。

 ザントの登場により、唖然とした一同だったが、とにかくトラスが介抱され、セリアもザントが聞いていた印象と違い、とても良くしてくれたことに安堵したのだった。



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