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第3話 バーガルド家

 バーガルド家に連れて来たセリアを椅子に座らせると、ウトラウスは小間遣いのモクトに命令した。


「ネズミ、この女に似合う服を用意して来い」


 モクトは驚いた目でセリアを見ていたが、それを聞くと同情の籠った表情に変わる。

 続いてウトラウスは、部屋で待っていた平民の男達に向かって話しかけた。


「お前達、珍しく良い情報だったぞ」


 そう言うと、チャリンと音のする袋を男達に放り投げた。


「有難うございます」


 男達が満足そうに袋を受け取り去って行くと、ウトラウスはニヤけた笑みをセリアへと向ける。


「仲間の男が心配なら言うことを聞くことだな」

「トラスはどこ?」

「心配ない、地下室だ。お前が大人しくしていれば危害は加えない」


 セリアは薄緑色の瞳に凛とした光をたたえて、ウトラウスをじっと見つめていた。



 その頃、警備隊の控え室を1人の騎士が訪れていた。水色の髪を短く刈り、気さくな笑顔をした青年が嬉しそうにライデンを見る。


「ライデン、久しぶりだな! 元気にしてたか?」

「ラーク、本当にお前とはな!」

「ああ、丁度魔の森の調査に来たから、ついでに寄ったんだ」

「会えて嬉しいぜ。こんな時でなかったらすぐにでも酒場へ誘うんだが……」


 ラークは帝国騎士団所属の騎士であり、貴族であった。しかし、このソトの町で良識ある両親に育てられたラークは、幼い頃から平民とも交流があり、ライデンのことは親友だと思っていた。そして、その親友が浮かない顔をしているのに気づき問いかける。


「どうしたんだ? 厄介事か?」

「ああ……」


 ライデンがラークへ事の次第を話すと、ラークは苦々しい顔になる。


「未だにウトラウスはそんな事をしているのか。まったくバーガルド家には困ったものだな」

「ああ、平民が踏み込めないのをいいことに!」

「それにしても、随分取り乱してるじゃないか……もしかしてその女性は想い人なのか?」

「ち、ちがっ……そんなんじゃない。俺なんかじゃ釣り合わねーよ」

「へーえ」


 ラークは今までにないライデンの反応に興味を持った。


「ここは俺の故郷だしな。このタイミングでここへ来たことにも何か意味があるんだろう。よし、ライデン行くぞ!」

「え、バーガルド家にか? いいのか?」

「ああ、もちろんさ。騎士団の肩書きはこういう時に使うのさ」


 ライデンは数人の部下を呼ぶと、ラークと共にバーガルド家へと向かった。


 バーガルド家では、ウトラウスが着替え終わったセリアをじろじろと眺めていた。モクトが選んできたワンピースは、淡いクリーム色に細い金糸で花の刺繍が裾にいくつかあるもので、シンプルだが上品なものだった。最初セリアはこの服を幼いモクトが選んできたことに驚いた。そして、そんなモクトをネズミと呼ぶウトラウスへ非難の目を向けたのだった。

 断ればトラスに危害を加えると脅されて着たワンピースは、セリアの美しさを益々引き立てていた。


「フン、ネズミも服は選べるようだな。まあ、俺ならもっと豪華な物を選んだがな」


 真っ赤なスーツを着たウトラウスがそう言うのを聞いて、セリアは内心でモクトに感謝したのだった。

 セリアが、不躾なウトラウスの視線に嫌悪を感じていると、部屋へ1人の女性が入って来た。


「ウトラウス、ちょっと邪魔をするわよ……ま、まぁ! なんてこと! 誰なのその子は?!」


 ウトラウスは部屋へ入って来た女性を見て、厄介なことになったと思った。


「母上、これは町で拾ってきた私のおもちゃです。取り上げないでください」

「ウトラウス、おもちゃなら母が用意するといつも言っているでしょう? そんな美しい……町娘はダメです」

「少しくらいはいいではないですか!」

「ダメです! 貴方の父上が見たらどうなるか分かるでしょう? 貴方は母の味方ではないの?」

「う……わかりました。でも、それでは地下室で鑑賞するのをお許しください」

「分かったわ。くれぐれも見つからないようにね」


 そう言うとウトラウスの母テアリアは去って行った。バーガルド家の当主でありウトラウスの父であるザント・バーガルドは美しいものに目がなかった。それは、物でも人でも同じであり、美しいものを見つけると手元に置いて愛でる習性がある。それを知るテアリアは、屋敷の召使いは全て不細工な男女を雇い、自身を美しく保つ努力をしていた。そんなテアリアにとってセリアは、一目見た時点で『絶対に見せてはいけない存在』だったのだ。


 地下室へ連れて来られたセリアは、なぜか落ち着くと感じてしまう。もしかしたら、ナイディル王国での地下牢生活に雰囲気が似ていたからかもしれない。あの時は、地下牢とはいえ、ほとんど嫌な思い出はなく、ニコニコした看守や兵士達が毎日来てくれて、良い部屋に改装までしてくれたのだ。それに比べたら、ここの地下室はより鬱蒼としているが、それでも眩しいライトの下で、赤いスーツのウトラウスにじろじろ見られるより全然良かった。


「トラス、ここにいるの?」


 ウトラウスが去ってからセリアは、薄暗闇に向かってそう訊いてみた。


「ひ、めさま……」

「えっ? トラス?」


 暗がりの中、聞こえてきたその弱々しい声はトラスのものだった……。



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