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第2話 情報

 ソトの町では平民と貴族の住居は分けられており、傍から見てもその違いは歴然としていた。貴族街の入り口には、貴族が雇った守衛がおり、平民は認められた者のみが入ることを許される。これは、帝国が定めた法律にはないことだが、このソトの町でいつからか認識されてきた暗黙の掟のようなものだった。


 貴族の住居が立ち並ぶエリアの中でも、その外壁の白さと光り輝く金色の窓枠や屋根が目立つ屋敷の中で、その家の長男であるウトラウス・バーガルドは、今日もネチネチと小間使いのモクトを苛めていた。


「おい、何か町で面白いことはなかったのか? お前は俺に雇ってもらっておきながら、ちっとも役に立たないじゃないか」

「すみません」

「お前は何だ? 言ってみろ」

「僕はウトラウス様に飼われているコマネズミです」

「ネズミは何て鳴くんだ?」

「チ、チュー……」

「はっ! 全然面白くないな。もういい、目障りだ消えろ」

「はい……」


 イライラと顔をしかめていると、客の来訪が告げられた。しばらくするとむさ苦しい男達4人が部屋へ入ってくる。


「なんだお前達、ずいぶん久しぶりじゃないか?」

「は、はい。あっちの大陸へ行ってましたんで」

「何か面白いことでもあったのか?」

「は、はい。あの……情報を買っていただきたくて……」

「情報だと? フン、内容によるな」

「実は、あっちの大陸の者と思われる女が船にいたんですが、それがここらにはいない……いや、あっちの大陸でも見たことないような美女でして」

「ふむ……どれくらいの美女だ? 俺は美女と言われる女にも色々会ったが、長くても3日で飽きたぞ?」

「もうそれは、船から下りる時など町の者皆が釘付けになったくらいです」

「ふん、ちょっと大げさな気もするが……まあちょうど退屈していた所だ。連れて来い」

「いや、それが……俺達では中々連れて来ることができなくて。警備隊長も気に入っているようで……」

「なに? あのうるさい猿がか? 平民のくせに大きな顔しやがって。分かった。俺が連れてくる。情報料は、実際にその女を見てからでいいな?」

「はい、もちろんです」


 そうして男達は、セリアの居場所をウトラウスに伝えたのだった。



「じゃあ、また明日くる!」

「来なくていい」

「トラス、お前に会う為じゃない」

「だから来なくていいんだ」

「ふん! セリア、じゃあまたな!」

「うん、またね!」


 毎日来るようになったお蔭ですっかり打ち解けた警備隊長のライデンが、いつも通りの会話を交わして去っていくと、セリアとトラスは再び書類に向かって黙々と仕事を始めた。

 チッチも最近は鳥仲間との交流が忙しいようで、外を飛び回っていることが多い。


「姫様、少し休憩しましょうか? 俺、お茶を入れてきますよ」

「いつも有難う。でも今日は私が入れるわ」

「ダメですよ。姫様は姫様なんですから」


 トラスは2人の時は律儀にも、セリアのことを姫様と呼んでいた。セリアは何度もいいと言ったが、トラスの態度は変わらない。


 トラスが部屋を去ってしばらくすると、ガチャンと何かの割れる音が響いた。


「逃げてください!!」


 トラスがそう叫ぶ声が、自分に向けられたものだと知って慌てて席を立ったが、戸口に見知らぬ男達が現れる。その男達にジリジリと迫られ、セリアが壁に追い詰められた時、その男達の後ろから声が響いてきた。


「あはは、袋のネズミ状態ってのはこのことだな」


 その声を聞くと、迫ってきていた男達が道を空けた。

 その後ろから現れたのは、オレンジ色の髪に赤いスーツ姿の派手な格好の青年だった。そのグレーのニヤけた瞳は、しかし、セリアを見た途端驚愕に見開かれた。


「お、お前は何だ?」


 不思議な質問をされて、なんと答えていいか分からないセリアが驚いていると、戸口から羽交い絞めにされたトラスが姿を現した。


「トラス!」

「すみません!」

「なぜこんなひどいことをするの? トラスを離して」


 そう言うと、驚きの表情だったオレンジ頭の青年が急にイライラした表情になった。


「お前はまだ俺の質問に答えていない!」

「え……」

「お前は何なんだ!」

「え、セリアです……?」

「セリアか……」


 戸惑いながらとりあえず自分の名前を言うと、男は少し落ち着いたようだった。


「セリア、これからお前は俺の家に連れて行く」

「え、なぜですか?」

「なんで質問するんだ! そう俺が決めたからだ!」

「嫌です」

「な、んだと?」

「嫌です。知らない方から、いきなり家に連れて行くと言われても困ります」

「お前が困るかどうかは関係ないんだ!」

「私には関係あります。そもそも、貴方は誰ですか?」

「俺はウトラウス・バーガルド、貴族だ!」


 セリアはその名前を聞いて、最初に店主のピラートさんが注意するようにと言ってくれた貴族の名前だと思い出した。


「バーガルドさん、申し訳ありませんが、私達は仕事中です。お引き取りいただければ有難く存じます」


 セリアの丁寧な物言いに面食らった顔をしたウトラウスだったが、引き下がることはなく、顔を真っ赤にして再び声を荒げる。


「大人しく来ないというなら、この男を痛めつけてやるぞ!!」


 セリアはそれを聞き、この相手は何を言っても無駄なのだと判断した。そして、怒りに任せて本当にトラスを害することもするだろうと思う。


「分かりました。では参ります」

「セリア様、いけません!」

「ふはは、ちゃんと言えるじゃないか。最初からそう言えばいいんだ! 行くぞ!」

「バーガルド様、この男はどうしますか?」

「……連れて来い。まだ役に立てるだろう」


 睨みつけるトラスを見て、ウトラウスは意地悪な笑みを浮かべてそう言った。


 セリア達がウトラウスに連れていかれたという話は、店番の者から店主や警備隊へとすぐに伝えられた。店主のピラートはオロオロと青ざめ、警備隊長ライデンは烈火のごとく怒った。


「何だと? あのオレンジ野郎! くそっ! 俺が一日中でもいるべきだったんだ!」


 貴族のエリアへは、警備隊長といえど平民のライデンは侵入できない。怒り狂う声が突き刺さる室内に、伝令の声が響いた。


「隊長、騎士団のラーク様がお見えです!」

「ラークが?」


 ライデンはハッと顔を上げた。



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