第20話 不思議な声
ドノバンが受け取ったターナからの手紙は不可解だった。ターナ自身も動揺していることが伺えたが、セリアが他国を見て回りたいと出て行ったとしか書いていなかった。
「あのセリア姫が、このような国難の時にそのような行動をするとは考えられない……」
そう思ったが、カトラスタにいるドノバンには他に知りようがなかった。
又、ほぼ同時にセリアの妹ミーリアを名乗る者からの手紙を受け取ったラナハルトも困惑していた。その手紙には、ミーリアの出自や姉のセリアが他国へ行ってしまって心細いといったことが書かれていた。
「何がどうなっているのか分からん」
「そうですね。まず、ミーリアという者ですがこれまでセリアの口から一度も出てきませんでしたよね」
「宰相とセリアの母サリーナ妃の娘と書いてあるが……」
「その真偽も分かりませんが、仮に本当であったとしてもなぜ今頃公にするのでしょうか……」
「なぞばかりだな。しかし、俺の一番の関心は……」
「セリアがどこへ行ったか、ということですね」
「ああ」
「それから、ルーナ姫のことも気になりますね」
ルーナ姫は、アリスト王国を出る時には馬車に乗ったはずだったが、カトラスタ王国に着いた時には馬車の中は空になっており、捜索していたのだ。
「あ、すまない。ルーナ姫のことはもう大丈夫だ。ルーナ姫の本国メリー王国の国王から父上へ、ルーナ姫は本国へ戻ったとの知らせが来ていた」
「そうだったのですね、安心しました」
その手紙は、ルーナが本国の父へ頼んだもので嘘の内容であったが、ラナハルト達は知りようもなかった。
その頃アリスト王国では、ミーリアと名乗っているルーナと、アリスト王国の宰相トルギル・マエロが、今日も執務室でこっそり密談をしていた。
「ふふ、貴方のおかげで邪魔者を排除できて本当にスッキリしたわ」
「私の方こそ、貴女のお知恵に感謝しますよ。あのような小娘に国政は任せられませんから」
「安心して、私はそんなことに首を突っ込みはしないから。私の目的は……分かっているわよね?」
「はい、もしろん。ラナハルト王子とのご婚約ですよね?」
「ええ。そうなれば私はカトラスタへ嫁ぐし、この国は本格的に貴方の思うがままね」
「ありがとうございます。精一杯支援させていただきます」
「ええ、本国のお父様達からの支援もあるけれど、アリスト王国の後押しもあると有難いわ。よろしくね」
そう言うと2人は満足な笑みを浮かべた。
ルーナはミーリアとして完全に別人のような変貌をとげていた。ラナハルトがセリアへガラス細工を渡したことは癪だったが、ラナハルトは金髪のああいう女が好きなのだと思い、髪型や化粧も変え、今ではミーリアをルーナだとは思わないくらい別人になっていた。
もちろん、この降って湧いたようなミーリアという存在を怪しく思う者はいたし、セリアを慕っていた者達は、突然いなくなってしまったことを悲しんだ。しかし、実質セリアがいない今、最高権力者である宰相が、ミーリアのことを自分と元王妃の娘と言う以上、それに抗える者はいなかった。
ミーリアはラナハルトへ『頼れる者もいない中健気に国政に奮闘する妹』を演じる手紙を送り続けた。
その手紙に対し、とりあえず心配するような内容の返信をしていたラナハルトだったが、最近は毎回来る手紙にややうんざりしていた。
「またミーリア様からの手紙ですか?」
「ああ。なんというかな……毎回同じような内容なんだ」
「まだ幼いのではないですか? セリアよりはいくつか下でしょう……」
セリアという言葉を言ってからピスナーは「しまった」と思った。あれから数ヶ月経ち、最近ようやく少し笑うようになっていたラナハルトに、また思い出させるようなことを言ってしまったと思ったのだ。しかし、それを見越したようにラナハルトが苦笑する。
「大丈夫だ、そんなに気を遣わずとも」
しかし、そう言ったラナハルトの横顔は寂しそうだった。
その頃、ガリア王国へ来て数ヶ月が経ったセリアには不思議な現象が度々起こっていた。
「また聞こえるわ」
「例の女性の声ですか?」
「ええ、何て言っているのかは分からないのだけど、なぜか呼ばれているような気がするのよ。以前、ナイディル王国からの帰り道で聞こえた声にも似ている気がして……あの時は気のせいだと思ったのだけれど……」
「悪意はないんですよね?」
「ええ、そういう感じではないの。むしろもっとちゃんと聞きたいのに聞けない感じで……」
その声は、浜辺の方が強くなる気がしていた。言葉ではなく、思念を受ける時の想いのようなものをより濃く感じるのだ。
ある日、海を眺めていたセリアはなんとなく祖父母のことを思っていた。母がレナードへ宛てた手紙は、レナードへ返したが、その内容はしっかり覚えていた。
「帝国……」
「え?」
「ああ、ごめんなさい。トラスにまだ話してなかったわね」
そう言うと、セリアはトラスにその手紙のことを話した。
「へぇー、帝国にお母上の祖父母殿が……帝国はこの海の向こうですね……行ってみますか?」
「え?」
「帝国へ。けっこうお金も貯まりましたし、実はそこまで遠い距離ではないと聞いたこともあります」
「でも……」
「何か迷うことがありますか?」
セリアは一瞬、アリスト王国やラナハルト達の事が頭を過った。しかし同時に、今はまだ戻ることはできないとも思う。
「そうね、私、行ってみたいわ。お母様が育った帝国を、そして、お祖父様お祖母様のいらっしゃる土地を見てみたい」
「よし! そうと決まればさっそく準備をしましょう」
頭の上のチッチにそれを伝えると「楽しそうだね!」と愉快な声が返ってきた。
セリアは青い海を見つめながら、胸のペンダントを握りしめた。




