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第11話 それぞれの想いを胸に

 鍛え上げられた身体を揺らしながら広間へ入ってきた青年を見て、国王一家が嬉しそうな声をあげる。


「おお、ガーラントよく戻った。北の視察はどうであった?」

「変わりない姿に母も安心しました」

「ふふ、相変わらず豪快な登場だな」


 屈強な体躯を持つその青年は、ラナハルトの弟でありカトラスタ王国の第2王子であるガーラントだった。


「父上母上兄上もお元気そうで何よりです。今回の視察も色々と得るものはありました。でも私の話はまた後で、何か急ぎの話し合いなのでしょう?」

「ああ、察しがいいな」


 そう言うと、国王は簡単にこれまでの経緯をガーラントに話して聞かせた。


「ふむむ、それは急いだ方がよさそうですね。私もビッグアントビーが移動しているという話は何度か耳にしました。しかし、アリスト王国にまで到達していたとは……父上、もしよろしければ、その物資を運ぶ役目、私が指揮してもよろしいでしょうか?」

「む、お前にやってもらえれば頼もしいが、帰ってきたばかりで良いのか?」

「もちろんでございます。道中、野盗が出るくらいで大して暴れることもできなかったので、兵達も身体がなまっているのです。ちょうど遠征していた補給車などもそのまま使えますし、物資さえ積めばいつでも出立できます」

「よし、ではお前に指揮を任せる」

「はっ」


 ガーラントがさっそく物資の準備の為に部屋を出て行くと、ラナハルトが口を開いた。


「父上母上、私も秘密裏にアリスト王国へ行きたいと思っています。アリスト側には王子という身分を極力隠して状況を見て来ようと思います」

「確かにな……荒れているであろうアリスト王国の状況がどれほどのものか気になるのはもっともだ。力になりたいという気持ちも分かる……ガーラントには伝えておけ。それから、もう1人同行させる」

「もう1人ですか?」

「ああ、今の統治者の元でのアリスト王国の回復は、私も力になりたいからな」


 そう言った父の言葉が気になったラナハルトだったが、とにかくアリスト王国行きを止められなかったことにほっとしていた。普段であれば状況の掴めない他国へ第1王子を行かせることには難色を示しただろう両親が許してくれたのは、それだけ両親もセリアのことを心配してくれているのだと思って、ラナハルトは嬉しくなったのだった。


 その頃、カトラスタの王都にある議会棟では、執務室にある机の上に広げた地図を俯瞰して考え込む1人の男の姿があった。薄緑色の長髪を高い位置でくくり、眼鏡の奥に鋭く光る黒い目で地図を見据える男は、国王の弟でありこの国の宰相であるレナード・カトラスタであった。レナードは途中からガーラントの視察に同行し、一緒に戻って来た所だった。

 レナードが見つめる地図には赤い点が沢山つけられており、それは北から南へと続いていた。そして、北の国のある地点が1箇所赤丸で囲まれている。


 そこへ部屋の戸がノックされる音が響いた。それを聞いたレナードはニコリと笑ってつぶやく。


「さて、姫に会いに行くとしようか」



 そして、カトラスタの城では、ラナハルトがアリスト王国へ旅立つと聞いたルーナが、侍女のベルラへと当たり散らしていた。


「なぜこんなに放っとかれなくてはいけないの? 私と会うよりも重要な用事が最小国のアリスト王国にあるとでも言うの?!」


 普段は、どう振る舞うのが自分を一番美しく見せることができるのか計算しているルーナだが、ストレスがかかるとまずは侍従に当たるのだった。


「そうおっしゃいましても、申し訳ありませんが私にも分からず……」

「そんな答えはいらないの! もっとちゃんと聞いてきてほしいわ! がっかりよ!」


 そう言った後、ルーナは美しい顔を引きつらせながらニコリと微笑んだ。


「王子がいない城に用はないものね。私もアリスト王国へ行くわ」


 その後ベルラは、方々へと姫の我儘の為に頭を下げて承諾を得たのだった。



 アリスト王国への出立の当日、城の前には食糧物資を運搬する車列が大量に並んでいた。ピースのアドバイスにより、アリスト王国へ入る前に、蜂除けの草を焚いた煙を荷馬車に纏わせることになっていた。

 ラナハルトとピスナーは、セリアと城下町へ行く時によくしていた変装をして、車列の一つに紛れ込んだ。変装を見知っている数人には分かるが、その他の者には平民に見える変装だった。


「それにしても、レナード叔父上も一緒に行くとは驚きだな」

「そうですね。でも、あの方が行かれるとなれば心強いですね」

「そうだな。まぁ、1つ気がかりなのは叔父上の癖が出なければいいということだが……」

「はは、そうですね」


 アリスト王国の方角の空を眺めながら、ラナハルトは懐のガラス細工をそっと押えた。セリアは何か物を欲しいと言ったことはないが、何か自分が選んだ物を持っていてほしい。セリアといるのは心地よくて、王子として生きる自分に勇気を与えてくれる。そんなセリアに何かしたかったのだ。「喜ぶ顔が見たい」ラナハルトがそう思った令嬢はセリアが初めてだった。


 ラナハルト達を乗せた長い車列は、カトラスタ王国領内を進む間は何事もなかった。異変を感じ始めたのは、蜂除けの草を焚いた煙を纏った車列がアリスト王国に入り、最初の村に差し掛かった頃だった。


 村の少し前で急に止まった車列を不思議に思って荷馬車から顔を出したラナハルトは、道を下った先に広がる光景を見ると絶句した……。



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