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第9話 心に灯った光

 セリアが久しぶりにアリスト王国の地を踏んだ時、そのあまりに悲惨な状況はセリアを混乱に陥れた。覚悟をしてきたつもりであったが、枯れ果てた畑や腐敗した動物の死骸を目にし、やせ衰えどんよりした人々に見つめられた時、その全てが自分1人の肩にのしかかってくるのを感じ、その責任に押しつぶされそうになったのだった。


 しかし、それ以上にセリアの勇気をくじこうとしたのは、共に国の建て直しに尽力してくれると思っていたアリスト王国の宰相達がセリアへ向ける不信感であった。彼らは、元国王であるセリアの叔父一家に長年苦しめられてきたこともあり、やっと自分達の思うままに動かせるようになった国政を、元国王と同じ血を引いているセリアが担おうとすることをよく思わなかった。そして、宰相のトルギル・マエロはその最たる者だった。


「まだあまり世間が分かっていらっしゃらない姫様には、今の状況は刺激が強いでしょうから、お部屋で大人しくしていらっしゃるのが良いかと思いますよ」


 初日のセリアへの挨拶でマエロはそう言った。マエロとその取り巻き達は、セリアのことを「カトラスタの王子が気まぐれで連れて行ったが、愛想を尽かされ戻ってきたのだろう」と思っていた。セリアがアーリアに処刑されかかった時、マエロ達は元国王一家に辟易して距離を置いていた。なので、その宴の席にも出席しておらず、人伝にそのことを聞いただけだったのだ。


 「確かに想像以上の美しさだが、所詮人形のようなものだ。人形は人形らしく飾られていれば良い」


 曖昧な情報から、マイロ達はそう決めつけたのだった。


 落胆したセリアだったが、もちろんそれらが全てというわけではなく、何とか力になろうとする者達もおり、セリアはまずはそういう者達とできることから始めることにした。


 しかし、セリアにはもう1つ心配なことがあった。この国に来て間もなくの頃から、チッチの元気がなくなっていたのだった。


……チッチ、具合はどう?……

……うん、まだ身体中が痛い……

……これまでそんなことなかったのにね……

……うん、チッチ成長中かも……

……成長期ってことね。チッチにも成長期があるのね?……

……うん、あるよ……


 それ以来、チッチはセリアの部屋で寝たままだった。

 そんなこともあり、アリスト王国へ来て早々に心がくじけそうになったセリアは、城の者に教えられたある場所へと来ていた。それは、初めて訪れる父と母の墓であった。

温かい夕日の光に照らされ、穏やかな風が吹く高台にあるその場所は、先祖代々の墓もあり、小さいながらも草花に囲まれてほっとする空間であった。眼下に王都が見下ろせるその場所で、セリアは母のブローチを握りしめて、亡き両親へと語りかけた。


「お父様お母様、来るのがこんなに遅くなってしまってごめんなさい。今のアリスト王国は、お父様達が治めていた頃の面影はありません。人々の飢えてうつろな目には、何の希望も映っていません……」


 そう言うと、セリアの目から涙が流れる。


「こんなに情けない姿で……ごめんなさい」


 そう言った時、セリアが握るブローチが光ったように見えた。驚いたセリアだったが、夕日が反射したのだと思う。しかし……。


……セリア……

……!……

……私達の可愛い娘……

……えっ……


 その声は、とうの昔に最後に聞いたきり、もう2度と聞けないはずの父と母の声だった。


……どうして? 本当にお父様とお母様なの?……


 込み上げてくる感情に、溢れる涙を止められないままにセリアは必至に問いかける。


……セリアなら大丈夫だ……

……いつも心は貴女と一緒にいるわ……


 思念はそこで途絶えた。

 セリアは握りしめていたブローチを見た。それは、父が母へプレゼントした物だ。


「今のは……このブローチにこもっていた想い……」


 セリアはそうなのだと理解した。そして再びぎゅっとブローチを握りしめる。


「お父様お母様、ありがとう……」


 夕日を見つめたセリアの瞳には、涙と共に強い光が灯っていた。


 翌日から、セリアは精力的に活動を始めた。協力してくれる貴族には後々、新政策を始める時に意見を取り入れる場を設けると約束し、備蓄している食糧を寄付してもらった。残念ながら、城の備蓄は叔父夫婦の蛮行によって、全て売り払われてしまっていたのだ。

 集めた食糧を、協力者達とともに、村へと配布して回った。セリア自身が村へ赴くことで、状況を知ることができたし、村人にも笑顔が見られるようになるので、セリア自身も自分の存在意義を確認することができたのだった。


 いつしか人々はセリアのことを「天女」と呼ぶようになっていた。悲惨な状況に何の希望も見いだせなかった人々にとって、セリアは天からの救世主のようで、眩しいその存在は希望の光として映ったのだった。


 そして、そんなセリアに惹きつけられた者がもう1人、カトラスタ王国を訪れようとしていた。


「最後にセリアちゃんに会ってから、もうかなり経つ気がしてしまう……セリアちゃん禁断症状かもしれないな」


 馬の上でそうつぶやいた青年は、ふっと笑うと夕焼けの空を見上げた。



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