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第8話 予想と違う態度

 部屋がノックされた時、鏡を眺めていたルーナは待ち焦がれた訪問にニヤケそうになるのをなんとか抑えると、完璧に整えた美しい顔で優美に王子を出迎えた。


「ラナハルト王子、お久しぶりです。お会いしたかったですわ」


 ルーナが感激に打ち震えながらも、儚げに見える身ぶりでそう言うと、王子は少し怪訝な顔をした。


「ルーナ姫とは初対面ではなかったか?」


 ルーナはその想定外の言葉に驚いたが、幼い頃のことであるし覚えていないのも仕方のないことかもしれないと思い直す。


「実は、私達は幼い頃に会っているのですよ。私は1ヶ月ほどこの城に滞在させてもらいました」

「そうだったのか。すっかり忘れてしまったようだ」

「無理もありませんわ、小さい頃の事ですもの。でも、今回はまた1ヶ月ほど滞在させていただくので、仲良くしていただければ嬉しいですわ」

「俺は色々と忙しいが、城には図書室もあるので退屈はしないだろう」


 その言葉に何かが違うと思い慌ててルーナは言う。


「図、図書室もいいですけれど、その、ラナハルト王子と一緒に城下の散策などもできたら嬉しいですわ」


 それを聞いたラナハルトはなんとも言えない顔を一瞬したが「考えておく」と言ってくれた。

 随分予想した感じとは違っていたが、照れていたりすると素っ気ないということもあると考える。


 侍女のベルラは、その様子を見ていてラナハルトの様子が「これまでルーナ姫と会った男性が浮かべてきた表情と違う」と思ったが、機嫌を損ねると侍女にあたる癖のあるルーナには言わなかった。


 その日からはラナハルトにばったり遭遇したことを装う為に、行きたくもない図書室へ行ったり、庭へ出て花を愛でるふりをしてみたりしたルーナだったが、残念ながらラナハルトに会うことはなかった。元々気長ではないルーナはそれ以上待ってはいられず、侍女のベルラからラナハルトの側近へと町へのお誘いを伝言してもらった。その返事がきたのは、それから更に5日後のことだった。


 こんなに待たされたことへの謝罪がほしいと思いながらも、当日ルーナは最大の笑顔を向けて、馬車の前で待つラナハルトの方へとやって来た。しかし、肝心のラナハルトの声を聞くより前に別の声が割って入る。


「初めまして、ルーナ姫。僕は第5王子のリースミントです」


 淡い黄緑の髪に薄茶色の瞳をした少年がそう挨拶をしてきた。


「初めまして、ルーナ・メリーです。仲良くして下さいませ」

「もちろんです。今日はご一緒できて嬉しいです」


 そうリースミントが言うのを聞いて、ルーナはもう少しで露骨にイヤな顔をするところだった。「なんで、こんなお荷物が付いてくるのかしら? せっかくのラナハルト王子とのデートなのに!」そう思ったルーナだったが、笑顔を湛えて「楽しみね」と答えたのだった。


 豪華な馬車が城下町を走ると、町の人々が驚いた目をして見ていた。町の中心の広場に止まった馬車からラナハルトが下りると、町の女性の黄色い声やどよめきが聞こえて来る。

 ルーナはそんな中、ラナハルトの差し出した手を取って馬車を下りる自分が、どんな風に見えるかを想像してほくそ笑んだ。


 驚く人々が見守る中を歩いていると、急に路地から子供が飛び出して来て、危うくぶつかりそうになった。しなだれかかるようにラナハルト王子の腕を掴もうとしたが、すばやく王子の護衛のピスナーがルーナを支えた為、苦々しい思いでルーナは離れる。


「まったく危ないですわね。それになんて汚い格好でしょう。王子の服を汚さなくて良かったですわ」


 それを聞いたラナハルトは怪訝な顔でルーナを見た。一瞬のことだったのと、ルーナはイライラして周りを見ていたので気がつかなかったが、それに気づいたリースミントとピスナーは心の中で「それはそうだ」とラナハルトの表情に同意したのであった。


 その後、ルーナが行きたいと言ったガラス細工の店に着くと、ラナハルトは少し興味を示したようで、ガラス細工を手にとって眺め始めた。


「ラナハルト王子と私は、偶然にも瞳の色が同じですわよね。ほら、見て下さいませ! これなんか王子のブルーグレーの色そのままでしてよ!」

「ああ、そうだな」

「なので、私はこれにしようと思います。王子の瞳の色のペンダントなんて素敵ですもの」


 ルーナはこれで王子も、ルーナの瞳の色である青いペンダントを買うだろうと思った。お揃いのペンダントをつけていれば、他の令嬢へのアピールや牽制にもなる。

 しかし、ラナハルトが手にしたのは薄緑色のガラスがついたペンダントであった。


「王子、緑も素敵ですけど、やはり青色のほうが……」

「いや、これが気に入った。店主、これを包んでくれ」


 そう言うと、王子はとても満足した様子で笑顔になった。店主から包みを受け取るとそれを大事そうに胸元のポケットへとしまい込んだラナハルトを見て、ピスナーとリースミントはクスクスとバレないように笑い合ったのだった。


 帰りの馬車の中で、今日町で観察したルーナについて振り返っていたリースミントは内心で溜息をついていた。「平民の子供を蔑んだようなあの言い方……自国の民を大切に思う兄上からすれば、民を貶められたように感じたはず。そんなことも分からないなんて……。はぁ、優しい姉上ならそんなこと言いはしないのにな」そう内心で思ったリースミントは、アリスト王国へ旅立ってしまったセリアを思い、寂しさが込み上げてくるのだった。



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