第6話 ターナへの知らせ
シャルメール王妃の言葉に驚くセリアに王妃は笑って言う
「まぁ、私ったらセリアにまだ伝えていなかったわね。実は、前回あの者達と話をしていた時、私達にも『思念』というのが聞こえてきたのよ」
「ああ、そうなのだ。突然のことで驚いたが、以前からセリアの思念の能力のことは聞いておったし、あんな醜い考えを発するのは目の前の者だろうと思ってな。それに、思念が届いた時にラナハルト達の顔つきも変わったからな……ははははは、分かりやすかったぞ」
「父上はそれで……」
「ああ、あの思念のお蔭でやることがはっきりしたし助かった。木材密輸の件でいずれはアリスト王家と衝突するのはやむなしと思っていたが、あの者達が自らカトラスタの国民になると言ってきたのだ。裁くのにも自国民であれば容易いからな」
その夜、母の形見のブローチを枕元に置いて眠ったセリアは、夢の中で懐かしい声を聞いた気がした。その声はセリアを優しく包み込むようで、朝目覚めたセリアは夢の内容は思い出せないまま、頬を伝う涙を不思議に思ったのだった。
バールベルト国王は、アリスト王国の王位継承については、ゆっくり考えなさいと言ってくれたけれど、本当は急いで決断しなければいけないことをセリアは分かっていた。いくら、現在の周辺国は大国カトラスタのお蔭もあって、争いもなく平和であるとはいえ、国のトップが不在のまま長く在り続けることがいかに民に不安を与え、国に不利益を被るかは少し歴史を勉強すれば明らかなことだった。
セリアはこのカトラスタ王国での暮らしが大好きだったし、まだまだ学院に通って大好きな仲間達と学生生活も満喫したかった。しかし、同時に自分の使命もはっきりと分かっていた。そして、それは感情ではなく理性で決定しなければならないことであった。
午前中のドノバン先生とトラスとの議論を終えたセリアが、読書をしているとターナが部屋へとやってきた。
「姫様、そろそろ昼食のお時間です……」
「どうしたのターナ? 何か悩み事?」
いつになく何か考え事をしているようなターナの様子に気づいたセリアが尋ねると、ターナは苦笑する。
「私ったら、すみません。ちょっとアリストから手紙が届いたもので」
「手紙?」
「はは、姫様に話しそびれていましたが、私の婚約者からの手紙です」
「婚約者?!」
「ええ、そうなのです。昔からの知合いではあったのですが、天空塔での仕事を解雇されて行き場を失った時に、滞在場所を提供してくれたのがきっかけで」
「そうだったのね! 私ったら……ごめんなさい。そういうことにすら気を回せずにターナに甘えて、ここへ引きとめてしまっていたのね……」
「あ、違います! 私が姫様の側に居たくてここにいるだけですから。その婚約者……名前はフィガロというんですが……フィガロもゆくゆくはこちらへ来たいと言っていたんです。そういう準備もあって、少し落ち着いたら一度アリストへ行くことを姫様に許可いただこうと思っていたのですが……」
「もちろんよ! いつでも行ってきていいのよ!」
「ありがとうございます。でも、今日届いたフィガロの手紙に気になることが書いてあって……」
「どうしたの?」
「今アリストは穀物が全滅する被害が出ているようで、悲惨な状況だから帰って来るなと……」
「えっ……」
それを聞いたセリアの表情が凍りついた。小国のアリスト王国にとって、大国のカトラスタ王国経由で売っている穀物は生命線だった。それが全滅ということは……民の悲惨な生活の状況を想像したセリアは、顔面が蒼白になるほどの焦りを覚えた。
そしてその事は、ここ数日決心しつつも後ろ髪を引かれる思いだった事柄に決着をつける決め手となった。一度心が定まると、セリアの行動は早かった。
「ターナ、私アリスト王国へ戻るわ!」
「えっ、姫様、でも……」
「いずれこうしなければならなかった事なの。さあ、そうと決まればぐずぐずしていられないわ」
セリアはまずカトラスタ国王夫妻へ、自分の決心を伝えた。夫妻は少し寂しそうな顔をしたけれど「頑張ってきなさい。でも、私達はいつでもセリアが戻れるように、部屋はそのままにしておくつもりだよ」と、優しい言葉をかけてくれた。セリアは瞳に滲む涙が流れないようにこらえながら、精一杯笑顔で感謝を述べたのだった。
ラナハルトとピスナーに報告すると、2人とも「そうするだろうと思ったよ」と笑っていた。しかし、そう言った後でラナハルトは「じゃあ、しばらくはまた昔みたいに思念で会話だな。毎日森へ行くからな」と、少し拗ねたような寂しそうな顔で言ってきた。
それからは準備に大忙しで、出立の日はあっという間にやってきた。アリスト王国に自分の身の周りの品が何もないセリアを心配して、国王夫妻は様々な日用品を持たせてくれた。気になっていた学院の方も、無期限の休学という措置を取ってもらえ、また通える日がくるかもしれないとセリアは嬉しく思った。
見送りにはリースミントも来てくれていた。最近ではなぜかセリアのことを姉上と呼ぶようになっていたリースミントが寂しそうに話しかけてくる。
「姉上、僕もたまにアリスト王国に行くからね。本当は一緒に行きたかったんだけど……」
セリアが何か言いかける前にラナハルトが口を挟む。
「俺が我慢しているのにお前が先に行くのは許さん」
「まったく子供だなぁ、兄上は」
「お前に言われたくない!」
「はいはい、お2人ともそこまでですよ。セリアが居なくなってしまうのはとても寂しいです。なるべくすぐに会いに行くようにしますね」
「ピスナー、それは俺が言いたかったセリフだ……」
「早く素直に伝えないからです。こういうのは早い者勝ちです」
「なにっ!」
それを聞いていたセリアは思わず笑ってしまった。笑いながら涙が出てきそうになって、必死でこらえる。
「うん、ありがとうみんな! またすぐに会いたい。私、精一杯やってみるわ」
馬車がカトラスタの城を出発すると、セリアはその城が見えなくなるまでずっと見つめていた。
城が見えなくなってしまうと、途端に押し殺していた寂しさが溢れてきたが、そんな自分に喝を入れて前を見据える。
セリア達の馬車が城下町の外に広がる森を走っていると、前から1台の馬車がすれ違った。セリアは気づくことはなかったが、豪華に装飾された馬車は、弾むような勢いで一直線にカトラスタ王国の城を目指していたのであった。




