第3話 思惑
謁見室の外へと連れ出されたセリアが、あまりの呼吸の苦しさにそのまま倒れ込むと、それをまるで予想していたかのように、すかさずラナハルトが抱きとめた。
「セリア、落ち着いてゆっくり息をするんだ。大丈夫だ、ここには俺とピスナーしかいない」
そう言うとラナハルトは、廊下に座ってセリアを抱いたまま背中をゆっくりとさする。ラナハルトの手は温かく、その温かさに意識を向けると、ほわっと緊張が解けてセリアは安心してくるのを感じた。そして安心したことで、苦しかった呼吸も徐々に息を吐けるようになり、落ち着きを取り戻す。その様子を確認したラナハルトが、そのままの姿勢でセリアに話しかけた。
「辛かったな……よく我慢していた。大丈夫だ、俺にもあの思念が聞こえていたから理解している。多分ピスナーもだ」
それを聞いて驚いたセリアがピスナーを見ると、廊下に膝をついて心配そうに様子を伺っていたピスナーが頷いた。
「セリアが我慢していたから僕も我慢したけれど、アイツらに殴りかかりそうになったよ」
「ありがとう、2人とも。なんか久しぶりにお母様の持ち物を見たら、感情が溢れて、思念の制御が出来なくなったみたい……」
「ああ、でもそのお蔭でアイツらの本心が分かったしな。セリアはこのまま部屋へ行って休んでろ。俺は戻って成り行きを見守る」
「でも、私の国のことなのに……」
「もう話は聞いたし十分だろ。それにアイツらがこの国の土地を踏んだ時点でこちらの問題でもある。後でセリアには様子を伝えるから、安心して待っていろ」
そう言うと、ラナハルトはセリアの頭をポンポンと軽く撫でた。ピスナーにセリアを部屋まで送るように頼むと、ラナハルトは謁見室へと戻った。
セリアのいなくなった謁見室には冷たい空気が漂っていた。それはラナハルトの両親である国王夫妻から漂うものであり、ラナハルトは内心、普段温厚な両親をここまで怒らせる者はなかなかいないと、その様子を苦々しく見つめていた。それに、アリスト王国の国王夫妻の息子ペルガーのことも気に入らなかった。ペルガーはセリアが入室してから退室するまで、ずっとセリアを凝視していたのだ。セリアの方はそれを気にした様子もなかったが、ラナハルトはその露骨すぎる視線を剣で切ってしまいたい衝動に何度も駆られた。そんなことを思い返していたラナハルトの耳に、父であるバールベルト王の声が響いた。
「先ほど『もう帰らない覚悟で国を出てきた』と言っていたが、では現在アリスト王国はだれが統治しているのだ?」
「あ、恐らく宰相達かと……」
「恐らく?」
「はい、元々国政は宰相達に任せていたので」
それを聞いたラナハルトは、呆れる気持ちが底をつくのを感じた。目の前にいるまがいなりにも国王を名乗る者が、国政を任せっきりにした挙句、国を捨ててきただと? それに恐らくは、宰相以下が財源をなんとかしようとする傍らで、この国王一家は湯水のごとく金を使いまくったのだ。そして金がいよいよなくなったら、次は他国の金を当てにしてきた……。ちょっと考えただけでも吐き気がするような愚行に、ラナハルトには目の前の国王一家が国に厄災をもたらす元凶として映ったのだった。
「では、アリスト王国ではなくこのカトラスタの国民になりたいということか? それともう一つ。貴殿らの娘と一緒でも住む場所は構わないと、そういうことで良かったな?」
バラク王は、娘のアーリアは姫であるからそれ相応の待遇で迎えられているだろうと思い、頷いた。
「分かった。それでは今日は城下の宿でも手配しよう」
それを聞いてミアリ王妃が顔色を変える。
「え、城下の宿ですか? それではあまりにも……」
「あまりにもなんだ?」
「い、いえ、せっかくでしたらお近づきのしるしにバールベルト王の近くにいて、もっとお話したかったのですけれど……」
「そう言う話は、また後日で良かろう」
「あ、そ、そうですわね、こんな所ではなんですしね、ホホホホホ」
何を勘違いしたのか、ミアリ王妃はチラリとシャルメール王妃を見てそう言った。
シャルメール王妃はミアリの視線に気づいていたが、一切目を合わせることはなかった。
こうして、国王一家であるにもかかわらず自国を捨ててきた3人は、城下の宿へとやって来た。そして、何の変哲もない部屋を見回したバラクがふとつぶやく。
「そういえば、アーリアはどこにいるんだろうな?」
「城にはいなかったみたいだよね」
「あの子のことだから、王子だけじゃ満足せずに他の貴族とも仲良くやってるのかもしれないよ。出て行く時は、王子と一緒の学院に行くと言って出て行ったし、色んな貴族と知り合えただろうからね。後で私達にも紹介してほしいね。ゲホッゲホッ……それにしてもなんだか埃っぽい宿だね、これが一般の宿なのかい?」
「まあ、少しの辛抱だろ」
「そうだね、そのうちバールベルト王からお声がかかるだろうからね」
「はぁ……それにしても、彼女は美しかったなぁ……」
「はぁ? お前何言ってんだい?」
「ああ、セリアのことだよ」
「あんな娘がいいのかい?」
「え、綺麗だっただろ?」
「いや、私には分からないね」
ミアリは首を傾げたが、この一家で唯一「品位」というものについて感じることができたのは、息子のペルガーだった。元々子育てなどする気のなかったミアリは、ペルガーを生んだ後は、全ての育児を侍女達に任せた。そのお蔭で、ペルガーの感性は常人のそれを備えていたのだ。ただ、物心ついてからは柄の悪い連中とつるんだりと素行は悪かった。妹のアーリアについても育児は侍女たちが行ったのだが、物心ついてからは母親にくっついて周り、そのせいで母親の性格を濃く引き継ぐことになったのだった。
大国カトラスタの金目当てでやってきた3人は、今日の話し合いでその道筋がついてきたとほくそ笑んでいたが、3人はいくつか大きな勘違いをしていることに気づいてはいなかった。




