第21話 行き過ぎた行為
ようやく暗い牢屋から解放されたセリアは、いきなり対照的に華やかな宴の場に連れて来られて、事前に「どこかのタイミングで助け出す」とピース経由でラナハルトの伝言を受け取ってはいたものの、会場のあまりの明るさにクラクラしていた。
……大丈夫か?……
会話が途切れた時に、ラナハルトが思念を飛ばして心配してくれたので「大丈夫」と思念を返す。誰が注目しているか分からないし、他国にいる今、ラナハルトやリースミントの外聞を損なわない為にも、知り合いだと悟られないようセリアは表情にも気を配っていた。
「少しお疲れではないかしら? こんな華やかな場所は貴女のような方には初めてでしょうし、ちょっと休んではいかが?」
突然後ろからそう言う声が聞こえて、びっくりしたセリアが振り返ると、そこに赤い髪をした少女が立っていた。自分よりも年下のその少女は、歳より大人びて見えるドレスを着ている。自分を心配してかけられたはずの言葉に棘があるようにも感じて一瞬戸惑ったセリアに、少女は言葉を続けた。
「私、宰相の娘のイーラと申しますわ。姉が貴女とお話したいと申しておりまして、ちょうどお疲れのようでしたから、あちらに席をご用意いたしましたの。ドリンクでもお飲みになってお休みになられるといいわ」
そう言って渡されたドリンクを手にしたセリアは、せっかく少女がそう言ってくれているのだし、ここはあまり波風を立てない為にもその配慮を有難く受け入れることにした。
「どうも有難うございます。では、せっかくですのでお姉さまとお話させていただきますね」
「ごゆっくりなさって下さいね」
セリアが去ろうとするのを見て内心では、やっと厄介払いができたと見下した笑いを押し殺したイーラは、今度は打って変わってラナハルトへ最大の笑顔を向けた。しかし……。
「待て」
イーラの想像では、笑顔を返してくれるはずのラナハルトは今まで見たこともないほど真剣な顔をして、去ろうとしていた女の手首を掴んでいた……。「なぜ王子がこんな女の手なんか掴んでいるの」そう思って驚きと共に黒い感情が渦巻いたイーラだったが、しかしその後にラナハルトが放った言葉によって戦慄する事態となった。
「ちょうど喉が渇いていた。悪いがそのドリンクをもらいたい。あちらへ行く途中で別のものを調達してくれ」
「あ……はい、分かりました」
セリアはラナハルトのいきなりの行動に驚きながらも、そう答えた。
「あ、あ……」
「ん? イーラとやら、どうかしたか? 顔色が悪いようだが」
「い、や……」
「具合が悪いなら休んだ方がいいのではないか?」
そうイーラに言ったラナハルトの顔には、微塵も労わりの色は見られない。
父親であるビズート宰相は、怒りの矛先をセリアへ向けていたこともあり、イーラの思惑にまんまと乗せられる形で、危険な量のサヌートが入ったドリンクをイーラに渡していた。それは、飲んだ者を意志のない人形のように変えてしまうが、最初見た目には眠ったような状態になることから、特定に至るのが遅れる毒でもあった。なので、この宴の席でどこの馬の骨とも分からない女が眠って醜態を晒そうが、大事にはされずに終わるはずだった。しかし、今そのドリンクを手にしているのは、大国カトラスタの王子である。王子に何かがあれば、念入りに調査がなされるだろうし、その原因がこの宴で飲んだドリンクだと行き着くのは容易いことだ。
それまでは遠くからニヤリと笑いながら見ていた宰相ビズートは、予想外の展開に顔を強張らせた。まずいと思って、その場へ向かうビズートは、ラナハルトが背後の護衛へとそのドリンクを渡すのを見て背筋が凍りついた。
「では、これを頼む」
さも当たり前のように、ラナハルトがそのドリンクを背後の護衛へ渡すと、護衛は試薬瓶を取り出し、そのドリンクへ試薬を垂らした。すると、無色透明だった飲み物の色が一気に黒へと変化した。
それは一瞬のことだった。
グラスの中の飲み物が黒へと変色するのを見た途端、ラナハルトの背後の護衛達の気配が瞬時に緊迫したものとなり、ラナハルトを護るようにザッと周囲に展開した。
「皆、動くな! 誰1人広間から出ることを禁じる!」
ピスナーの鋭い声が飛び、何が起こったか理解したセリアですら思わずビクッと震えてしまった。
護衛の1人が素早くイーラの身柄を押さえる。
「何するの? 離して! お父様!」
イーラの声を聞いて我に返った様子のビズート宰相が、青い顔をして娘の側へとやってきた。
「なぜ我が娘を捕えるのです? このような横暴なこと、いくらカトラスタの王子と言えど許されませんぞ!」
それを聞いたラナハルトが冷ややかな目を向ける。
「ほお? お前がそれを言うのか?」
「一体、娘が何をしたというのです?」
「何をしたか……それが分からないというのか?」
「わ、分かりません」
「そうか。なら、これを飲んでもらおう。お前の娘が持ってきたものだ。なに、試薬を垂らしただけで、試薬自体は無害だ」
「う……それは……」
「なぜ飲まない?」
「試薬が反応したということは毒入りということでしょう。し、しかし娘がその毒を入れたという証拠はないではありませんか!」
「これは、サヌートというものだ。知っているか?」
「知ってはいますが、それは我が国の宮廷薬剤師のみが管理しているもの。そして、その宮廷薬剤師はそのサヌートを紛失した罪で投獄されています! やはり、あの宮廷薬剤師が裏で糸を引いて王子を毒殺しようとしたのです!」
ビズートが声高にそう言うと、貴族の間からどよめきが聞こえた。しかし、それはラナハルトの声によって静まり返る。
「そうか。では仕方がないな」
ラナハルトがそう言って合図を送ると、広間の戸が開きピースと兵士達が現れた。




