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第20話 宴に現れた天女

 なぜか恭しく手を引く兵士の姿を見ても、誰も疑問に思わなかった。その女性が平民なのか貴族なのか、そんなことも気にならない。ただただそのどこの誰かも分からない令嬢が広間に足を踏み入れた時から、皆目が離せなかった。ある者は眩しく輝いていると感じ、ある者は天女のようだと思う、そのどれもが正しく、見慣れたはずのラナハルトでさえも、数日ぶりに見るセリアが自分を見つけて微笑む姿を、しばらく目を細めて魅入っていた。着ている服は牢屋に差し入れられたものでボロではないが、ここにいるどの令嬢のドレスよりも質素なただのワンピースだった。にもかかわらず、その存在自体が輝いて見えたのだ。


 人々がやっと瞬きをして息を吐き出したのは、セリアが兵士に手を引かれてラナハルトの元まで到着した時だった。

 「大丈夫だったか?」とセリアへ声をかけたくなるのをこらえ、ラナハルトはビズート宰相へと向き合い尋ねる。


「こちらの令嬢が鳥の飼い主ということで間違いないか?」

「は、はい、そうでございます。こんな場所へ連れて来るなぞ、王子のお目汚しかと思いますが……」


 それを聞いた途端、周りの貴族達は怪訝な顔をし、セリアの手を引いてきた兵士は露骨に不快な表情で宰相を見た。


「この令嬢は、宰相の勘違いで不幸にも牢に入れられることになったはずだが、宰相から令嬢へ何か言うことはあるか?」

「う……ぐ……も、申し訳なかった」


 自分の非を認めることがよほど屈辱的なのか、ビズート宰相は真っ赤な顔をしてやっとのことでそう言った。


「心配していました。もっと早くこう出来ればよかったのですが……」


 労わりの表情でそう言ったリースミントに、セリアは「大丈夫です。ご配慮有難うございます」と、王族への作法にのっとった礼で返した。その気品に満ちた礼を見ていた周りの貴族や国王夫妻から「ほぉ」と感心するような声が漏れた。


 その後再開された宴では、その場にいることを特例として許されたセリアに近づきたいナイディル王国の貴族男性と、それを無視してセリアを取り囲むラナハルト達という構図がしばらく続いた。


 その様子を忌々しそうな目で見るのは、先ほどから再度ラナハルトに近づこうとして機を見ていたネリエとイーラだった。


「なぁんなのかしら、あの女は? ぜぇんぜん着飾ってもいないし、貧層なネズミみたいじゃないのぉ?」

「珍しくお姉さまに同意しますわ。なんでずっと王子の隣にいるのかしら? あそこはあんな身分の者が居ていい場所じゃないのよ! 私の場所なのに! 王子だって迷惑に違いないわ」


 もはや令嬢の優雅さは微塵も感じられない形相で怒りを露わにする2人の様子は、それで終われば「まだ幼いから」という周囲の同情を引いただけで済んでいたかもしれない。しかし、その後にイーラがとった行動は、周囲の同情で終えられたはずの事態を大きく変えることになるのだった。



 先ほど公衆の面前で謝罪を強いられた宰相ビズートは、その屈辱で歪んだ顔を中々抑えることができず、広間の隅で苦々しい顔をしながら宴を見ていた。宰相として長く君臨するビズートが頭を下げるのは王族くらいで、例え自分に非があることでも権力によって揉み消すのが日常茶飯事となっており、ましてやあんなどこの馬の骨とも分からぬ者へ謝罪するなど、有り得ないことだった。それをまた思い出しては顔が歪むビズートの元へ、娘のイーラが近づいてきた。


「お父様、先ほどは大変でしたわね、あんな女の為に」

「ああ、まったくだ」

「私も困っていましてよ。本来私の場所であるはずの王子の隣に未だにあの女がいて、なかなか王子とお話もできませんの」

「なに? まだ王子の側にいるのか! まったく忌々しい女だ!」

「それで……何か私にできることはないかと思ったのですけれど……例えばあの女がすぐに王子の側からいなくなるような……そうですわね、昏倒するとか……そんな便利なお薬でもあれば良いのですけれど……」


 イーラは姉のネリエと違い頭のよく回る子で、家の中で起こる出来事も敏感に察知していた。又、両親も早くからそれに気づいており、将来政治的にうまく立ち回ることはできないであろう姉のネリエには早々に見切りをつけ、イーラがその役目を担って将来のビズート家を支えていくことを期待していた。なので、イーラは父親が宰相として君臨する裏でやっている様々な汚いことについても、深くはないにしろ多少は知っていたのだ。最近では、昔から父親の手足となって動いている者達が、特殊な薬の話をしており、それがサヌートと呼ばれる薬だと知ったイーラは、その薬について調べたりもしていた。それを父親がどのように使おうとしているのかまでは知らなかったが、手足達の話しぶりから割と重要なことだと思い、しっかり記憶はしていたのだ。


「昏倒させるような薬か……」


 そうつぶやいたビズートは、何かを思いついたようにニヤリと笑うと、イーラについて来るように言い、こっそりと広間を抜けたのだった。



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