第15話 捕らわれたセリア
広間を横切った黄色い物体はチッチだった。チッチはそのまま一直線にリースミントの所まで滑空すると、王子が手にしていたグラスに体当たりをした。ふいのことに驚いた王子の手からグラスが落ち、床の絨毯の上へ転がった。ガヤガヤと話し声でひしめく広間では、遠くにいる人達には分からなかったようだが、王子に挨拶をしていた貴族や、王子の護衛には緊張が走った。王子の周りで誰かが叫ぶの聞こえる。
「鳥だ! どこから入った? 捕まえろ!」
ターナはそれがチッチだとすでに気づいており、王子が飲もうとしていたドリンクを体当たりで落とした勇気に感動しつつほっとしていたが、城の衛兵がチッチを追いかけ始めたのを見て焦った。
そのほんの少し前、晩餐会にチッチが乱入しようとした時、城の外で身を隠しながらラナハルト達とともに待機していたセリアの頭に、突如慌てたチッチの声が響いてきた。
……ターナが慌ててる! 王子が危ない! 助けなくちゃ! ……
それは一瞬のことで、「チッチ! どうしたの?」と言ったセリアの思念にチッチは反応しなかった。何かが起こったと察知して心配になったセリアは、城の門が見える辺りを不安な表情で見守った。
それからほどなくして、チッチの姿が門の上から現れ、不安な気持ちが頂点に達していたセリアはチッチの方へ駆けていき抱きしめた。
……姫様、まだ危ないから、僕逃げなきゃ!……
……何があったの?……
腕から抜け出そうとするチッチにそう問いかけると、城の門から兵士が駆けてくるのが見えた。
「あ、あそこだ! アレが飼い主か? 一緒に捕えろ!」
そう言う声が聞こえるのと、ラナハルトが茂みから「セリア!」と叫ぶのは同時だった。距離からして、兵士はすぐに追いつくだろうと思ったセリアは、チッチを空に放り投げて逃げるように言い、ラナハルト達にも逃げて状況を確認してほしいと伝えた。ラナハルトのいる茂みから「くそっ!」という声の後、出てこようとしたらしいトラスを無理やり引きずっていくようなやり取りが聞こえたけれど、兵士がセリアの元に到着した時には皆の気配は茂みから消えていた。
「お、お前か、あの鳥を城内に放ったのは? な、何をしようとしていたのか……な?」
近くまで来てセリアの姿を確認した兵士達の中で年長者と思われる男は、セリアの姿になぜかたじたじとなりながら、そう尋ねてきた。
「私の鳥がお邪魔したのですね? それは申し訳ありませんでした」
セリアがそう言うと、兵士達は困ったようにそっぽを向いた。何やら話しているのが聞こえてくる。
「隊長、どうするんですか? 本当に連行しなきゃいけないんですか?」
「宰相はなぜかカンカンだったしな……怪しい奴を連行して来いと言っていたからなぁ……」
「でも、鳥1匹に何もそこまで……王子に怪我もなかったことですし……」
「俺だってイヤなんだよ、こんな天女みたいな美人をあんな牢に連れて行くなんて……でも鳥は逃げちまったし、仕方ないだろぉ」
そう言うと、隊長と呼ばれた男は頭をブンブン振り、意を決したようにセリアの方に顔を向けた。
「お嬢さん、大変申し訳ない。城まで来ていただけないか」
「はい……分かりました」
セリアは不安な気持ちを出さないように、なんとかそう答えた。天空塔から急に連れ出されて処刑されそうになった時のことが頭をよぎり、再び兵士に連れられていくことに恐怖感が湧く。そんなセリアの頭の中にチッチとラナの声が届いた。
……姫様、ボク達絶対に助けるから。ごめんね。待っててね……
……セリア、すぐ迎えに行く。だから安心していろ……
……ありがとう、チッチ、ラナ……
そうだった。自分にはこうして何とかしてくれようとする心強い仲間がいる。そう思うと、心に広がっていた不安の色に温かい安心の色が混じるのを感じた。
城の地下牢に連れて来られたセリアを見ると、苦々しい顔で睨みつけた宰相マリケン・ビズートは、看守へそっけなく「食事は1日1回だ」と言うと去って行った。
石造りの地下牢は暗く陰湿な雰囲気が漂っており、牢の壁の上部に小さく開いている鉄格子のはまった窓は地表スレスレの位置にあるようだが、すっかり日の沈んでしまった外からは冷たい空気しか入ってこない。他の牢の前を通った時に見た限りでは、一つおき位に人がいるような感じで、セリアの牢は通路の一番奥に位置していた。そこまで連れてきた看守は、セリアが牢に入る時には心配そうに気遣うような言葉をかけてくれたのが意外だった。そして、その看守がすぐに夕飯を持って来てくれたことで、「これがナイディル国の牢屋の食事なのね」と自分の境遇を一瞬忘れて、まるで他国の地下牢体験学習にでも参加しているような気分になっていた。
食事を終えたセリアは、ターナやリースミント王子が無事かどうか気になったが、同じ城の敷地内に居るのに、何もすることが出来ない状態を歯痒く思いつつ、冷たくゴツゴツとした石の床に身を横たえた。カトラスタ王国から数日かけて馬で移動してきた身体はとても疲れているはずなのに、緊張しているのかなかなか眠ることはできない。そうしたまま深夜に差し掛かった頃、地下牢の床にコツコツと靴の音が響いてきた……。




