第14話 リースミントの危機
けたたましく耳につく声をさらに張り上げ、自身の存在を周りにアピールしながら近づいてきた赤い髪の令嬢ネリエ・ビズートは、ゴテゴテに飾り付けて持つのも重そうな扇子をバタバタと振りながら、同じく盛り付けたまつ毛も同時にバサバサと動かしてリースミントに厚い笑みを向けてきた。
リースミントが自分より1つ年上の12歳のネリエに初めて会ったのは、このナイディル国を訪問して数日後のことだった。初対面にもかかわらず、ネリエの父親でありナイディル国の宰相でもあるマリケン・ビズートは、娘のことを誉めそやし、リースミントの婚約者として相応しいと言ってきたのだ。
はっきり言って、リースミントはネリエが言葉を発する前から、その雰囲気が好きではなかった。そして、口を開いてからはそれが嫌悪に変わった。話す内容が、自分が欲しいプレゼントであったり、これまでもらったプレゼントで一番高価な物の値段であったり……とにかく、リースミントがこのネリエについて分かったことは、高価な物にしか興味がないということで、高価な物であれば内容や質が何であれ大好きで、そういう物をくれる者こそが良い人であるということのようだった。それを一歩離れ冷めた感覚で聞いていたリースミントは、まだ12歳という若さでこんな偏った考えを持つネリエを末恐ろしいと思うと共に、宰相の娘というゆくゆくは影響力を持つであろう立場にあることから、ナイディル国の将来を心配せずにはいられなかった。
はっと我に返ったリースミントは、張り付けた笑顔のままネリエへと自動返信をする。
「こんにちは、ネリエ嬢。私の笑顔がナイディル国との友好に役立てば幸いです」
一瞬、へっ? という顔になったネリエだったが、そんなことはどうでもいいとばかりに、厚かましくもリースミントの腕をとって歩き出そうとする。それを見て慌てたのは、ナイディル国側が案内兼ご用聞きとしてリースミントに付けていた者だった。
「ネリエ様、リースミント王子はカトラスタ王国の国賓です。そのような振る舞いは失礼にあたります」
それを聞いたネリエが一段と高い声をあげる。
「なぁにを言っているのかしら? 私は宰相であるお父様から、王子の妃に相応しいと言われているのよ! 王子もそれを分かっていらっしゃるわ。ねえ?」
それを聞いたリースミント及びカトラスタ側のリースミント付き護衛達の顔が引きつる。
「ネリエ嬢、先日も言いましたが、私の婚約者は父上に決めていただくこととなっています。王族の婚約は国同士のつながりにも影響しますので、軽々しく言うことではないと思っています」
「おっしゃっていることが良く分かりませんけど、後でお父様からも両国の国王にお願いしてもらいますわ。ああ、楽しみですわね、婚約が決まりましたらリースミント様は何をくださるのかしら? 愛というのはよく分かりませんけど、愛はお金で表せるとお母様がおっしゃっていましたもの!」
そう言いながらも、リースミントの腕を掴んだまま離さないネリエに、リースミント側の護衛が射殺すような視線を向けていると、その緊張を掻い潜るようにコロコロと高い声が聞こえてきた。
「お姉さま、こんな所にいらっしゃったの? あちらでお姉さまにプレゼントを差し上げたいと殿方がお待ちでしてよ?」
それを聞いたネリエがリースミントの腕を離してパッと振り向く。
「まあ、本当? 高いプレゼントだったらお待たせするわけにはいきませんわね。イーラ、案内して!」
ネリエを引き離してくれたことは有難いと思ったが、去り際に振り返ったイーラがリースミントに向けた笑顔には、何か裏があるかのように思えて、自分より年下のイーラに対して、リースミントは何か得体の知れない気持ち悪さを覚えたのだった。
ターナは晩餐会の広間の隅からリースミントの周辺に視線を向けて警戒していた。先ほどは、何か不届きな令嬢がリースミントに近づき、随分不快だと思っていたが、何か別のことに興味を示したようで、去って行ったことにほっとしていた。王子や護衛も一安心といった感じで穏やかな表情に戻っている。そんな中、口も乾いているであろう王子へ絶妙なタイミングでドリンクを持って来た男を何気なく見たターナは、何か違和感を覚えた……。それは、勘のようなものだったかもしれない。しかし、物心ついた頃から城で侍女として働いてきたターナには、その男の所作が城で働く者としては粗野であるように感じ、そう思うより前に既に身体はリースミントの方へ向かって動いていた。
しかし、リースミントの所までは距離があり、テーブルや人の波にぶつからないように進むせいで、思うように早く辿り着かない。リースミントは、先ほどの騒ぎが収まるのを待っていたナイディル王国の貴族からの挨拶を受けながら、ほぼ無意識に男が差し出した盆の上のドリンクを取った。
ターナが「あっ!」と思ったその時、広間を黄色い物体が滑空するのが見えた。
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