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第10話 夢の中で……

 未だ目が覚めないセリアは、混沌とした意識の中でチカチカと場面の移り変わる映像を上から見下ろしていた。いくつか場面が変わった後、白い世界に包まれて場面が動かなくなった。


「あ、これは夢なのね」


 珍しく夢の中で夢だと気づいたセリアは、眼下に広がる白銀の森へとスーッと身体を下ろしていった。その森は、天空塔から見ていた森と同じように広大だったが、雪を纏っている点が違っていた。雪がふんわりと積もった地面に、自分の足跡がつくのを楽しみながら森を歩いて行くと、前方に白い巨大な山が見えてきた。


「立派な山ね。現実にもあるのかしら? 雪なのに冷たく感じないのは、やっぱり夢だからなのね」


 しばらく冷たくない雪を楽しんでいたセリアは、静かな白銀の世界の中、かすかに何か聞こえた気がして立ち止まった。耳を澄ませると、その声はだんだん近づいて来ているように感じるが、まだ少し遠い。どうせ夢なんだからと思ったセリアは、再び上空に身体を浮かせて、声のする先へ空中を移動して行く。

 声のする場所まで飛んで来たセリアが眼下を見下ろすと、10人ほどの男達が1人の少年を取り囲んでいるのが見えた。少年が足を引きずっていることから、怪我をしているのだということが分かった。


「おい小僧、それをさっさと渡せ!」

「嫌だ!」

「お前が持っていても何の役にも立たないだろ?」


 1人の男がニヤリと笑いながら少年に近づく。


「役に立つんだ!」

「誰のだ?」

「そ、それは……」

「ほら見てみろ! ケッ、餓鬼が! とっとと渡せよ!」

「ぐぁっ……」


 少年に近づいた男が蹴り上げると、少年が苦しそうに呻いた。セリアは近づいて止めようとするが、セリアの存在は見えないようで触れる手も通り抜けてしまう。


「夢でもこんなのひどすぎるわ! それに夢であっても普通は触れられるのに!」


 セリアはもどかしい思いでその場を見守る。


「お前がこんなもん持っていても役に立たねぇんだよ! 俺達が仕える方なら有効活用できる」

「それは、危険な物なんだ!!」


 少年の叫びも空しく、男達は少年が手にしていた袋を無理やり奪い取ると、その場を去って行った。

 残された少年が、痛そうにその場に蹲ったまま何かを呟いているのを見て、セリアは駆け寄る。


「……リースミント王子が危ない……晩餐会に行かないように伝えないと……」


 リースミント王子? セリアはその名前を聞いて、それがラナハルトの末の弟の名前と同じであることを不思議に思った。ラナハルトは5人兄弟だが、皆それぞれ勉強を兼ねて他国の視察に行っており、一度も会ったことがない。そんな王子の名前が、なぜいきなり夢に出てきたのか不思議だったが、夢がとても現実味を帯びていることにも驚いていた。


……それにしても、リースミント王子が危ないって、晩餐会で何か起こるのかしら?……


 そんなことを思った次の瞬間、目の前の少年がはっとしたように顔を上げた。


「誰? 誰かいるの?」


……えっ? 私のことかしら?……


「そう、君のことだよ! 誰? どこにいるの?」


……ごめんなさい、これは夢……えっと、私の姿は貴方には見えないみたいなの……


「そうなんだ……不思議だ。でも、誰でもいい、お願いがあるんだ! ナルディル国に滞在しているカトラスタ王国のリースミント王子が危ないんだ! 城での晩餐会でリースミント王子に薬が盛られるかもしれない!」


……えっ、薬? 毒ってこと?……


「サヌートという名前の薬なんだけど、使い方によっては毒にもなるんだ。死にはしないけれど意志を持たない人形のような状態になる。僕は宮廷薬剤師の息子でドミノっていうんだけど、最近父さんにその薬を大量に注文をしてきた貴族がいたんだ。僕は父さんについて城に行っていた時に、偶然その貴族がリースミント王子のことを話しているのを聞いた。その貴族は、自分の娘を王子の妃にしたいんだけど王子が断り続けるらしく、いっそ意志のない人形にすれば話が進めやすくなる、って。そしてそれを聞いた相手が、晩餐会の余興としても良いですね、って言ってたんだ……だから王子が危ないと思って、僕はその薬を薬剤室から盗んだんだ」


……でも、他の薬屋から買う可能性もあったんじゃない?……


「いや、あの薬はこの国では父さんしか扱うことを許されていないんだ。父さんはその貴族に、注文は受けられないって断っていたけど、かなり脅されてた。だから僕が盗んだんだ……薬が無くなれば売ることもできないと思って……。お願いだ! 僕はこんな身体じゃ城に辿り着けない。どうか王子に伝えて!」


……分かったわ。あ、貴方のお父さんの名前は?……


「ヤトラス・ククラート。宮廷薬剤師だから……」


 そう言ったドミノの声は段々と聞こえなくなっていき、それとともに視界にあった銀世界もぼんやりとしてきた。



 セリアが目を開けると、そこには見慣れた薄ピンク色のベッドの天蓋が見えた。なぜ寝ているのか、すぐには状況が思い出せなくて、先ほどの夢が強烈に残る頭で考えていると、誰かがハッと息を吸う音がした。


「ひ、姫様ーっ!! お目覚めになられたのですね! 良かった……ああ、本当に良かったです!!」

「……えっ……ターナ?」

「はい、そうです! こうしてお話するのは久しぶりでございますね! 姫様、お具合はいかがですか? 辛い所などないですか?」

「ええ、ぼーっとはしているけれど、大丈夫だと思うわ。私、どれくらい寝ていたのかしら?」

「もう数日経ちます。ひどい目に遭われたのですから、混乱もあるでしょう。まだ横になっていて下さい。ああ、王子様や皆様にもお伝えしなければ」


 目に涙を溜めてそう言うと、ターナは慌てて部屋を出て行った。


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