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第7話 王子の想い

 セリアが消えてから数日、ラナハルトは眠れぬ日が続いていた。森へ続く道あたりから目撃情報が途絶えたということから、ラナハルトとピスナーは何度か森へも行ってみたが、セリアの足取りは掴めなかった。毎日、じりじりした思いでセリアとエマの消息に関する新しい情報を待つが、一向にその気配もない。もしかして、国外へ運ばれてしまったのではないかなどと、想像だけが膨らんで、その度にズキンと心が痛むのだった。居なくなってみて、どれだけセリアの存在が当たり前のように自分の心の中に棲みついているかが分かった。セリアは自分に無くてはならない存在となっていて、その存在無しでは、世界がぼんやりと見えるほどなのだ。とにかくセリアに会いたい……会っていつものように、その純粋で優しげな瞳の輝きを見ながら話したい。ラナハルトはどこかにいるセリアと思念が通じないかと強く念じてみるのだった。



**


 セリアは目を覚ますと、そこが土壁に囲まれた洞窟のような場所だということが分かった。床に置かれているランプの明かりがユラユラと揺れるのに合わせて、ゴツゴツした大きな岩の影も揺れている。転がされてどうやら縛られているらしい身体を捩って足元を見てみると、誰かの靴らしいものが視界に入った。


「ん、んーーーっ!」


 頑張って声をだしてみるけれど、布で塞がれていて言葉は話せない。仕方がないので、身を捩りながら少しずつ移動して近づいてみると、それは探していたエマだということが分かった。

 セリアがエマの身体に優しく体当たりをすると、しばらくしてエマが反応した。


「ん……ん? ……!!」


 驚きに目を見開くエマに合図をして、後ろで縛られている手でなんとかお互いの口を塞いでいる布をずり下ろすと、やっと口がきけるようになった。


「セリア、なんで私こんなところに? 教室を出た所までは覚えているのに……」


 状況が掴めていないエマに、セリアは自分が気を失うまでのことを話した。


「え……ということは、セリアも攫われたの? ……ごめんなさい! 私のせいで」

「違うわよ、攫った者が悪いのよ。さあ、どうしようかしら……」


 そう話していると、洞窟に足音が響いてきた。セリア達は急いで寝ているふりをする。足音が近づくにつれて、2人の人間のものだと分かった。


「でも、どうするんだコイツら」

「身柄は国外へ売りさばいていいんだとよ。どうせ木材も売りさばきに行くしな」

「でも、コイツはちょっと惜しくねえか? こんな女見たことねえ」

「ああ、だけど、こんなの連れてたら目立つだろ? 木材売りさばくには邪魔なんだよ。だからなるべく売っちまった方がいい」

「そうか……そうだな。大金になるだろうしな」

「そういうことだ。明日の午後に木材が揃い次第出発するぞ」


 そう言うと男達の足音はまた遠ざかっていった。洞窟に響く足音から、この洞窟はけっこう長く続いているように思えた。男達の会話からすると、まだカトラスタ国内にいるんだと予想できた。でも、あまり猶予はなさそうだ。


「エマ、まずはこの縄を解こう!」

「じゃあ、私頑張ってセリアの縄を解くから、後ろを向いて」


 エマはセリアの後ろで縛られている手首の縄を、口を使って外しにかかった。しばらく時間はかかったけれど、なんとか縄が外れると、今度はセリアがエマの縄を解いた。そして足の縄も解き終えた2人は、床のランプを持ち、様子を見ながら少しずつ男達が歩いて行った方へと進んで行った。歩いてみると、洞窟内には様々な横道があることが分かった、


 ひたすら真っ直ぐの道を選んでかなり歩いた頃、少しずつ外からの明かりが届くようになり、地上が近づいてきたことが分かった。しかし、地上へ出る前に男達の話し声が聞こえてきて、見張りがいることが分かった2人は、仕方なく引き返すことにした。引き返しながら、セリアはチッチやラナハルト達へ思念を飛ばしてみるが、一番可能性があると思われたチッチからも返事はなかった。結局、元の場所まで戻って来てしまった2人は、がっかりした気持ちになった。それから数時間経ったと思われた頃、今度は誰かが1人で歩いてくる音が聞こえた。


 縄をかけたふりをして寝転がっていたセリアは、近づいてきた男に突然抱きかかえ上げられて驚く。その異変に気付き、目を開いたエマが叫ぶ。


「セリア!」

「あっ、お前ら起きてやがったのか! 静かにしろ! 蹴るぞ!」

「やめて! 私をどうするつもり?」

「俺が助けてやるのさ。お前は売るには惜しいからな、へへへ。仲間に見つからないうちに移動するから騒ぐな!」

「いや! エマと離れたくな……ぅぐっ」


 男はセリアの口を再び布で塞ぐと、抵抗したエマもなんなく縛り直し、セリアを抱えて歩いて行く。大柄な男は、セリアが暴れてもどうってことはないというように歩みを止めない。


 外に出たセリアは、今が夜であることを知った。見上げると、月明かりを背後に受けて黒く聳えたつ大きな木が前方に見えた。男は近くに隠してあった台車にセリアを乗せて括り付けると、それを引いて歩き出した。


……いやだ、このままだとエマと離れて行ってしまう! どこにも行きたくない! この国から離れたくない! ……


 せっかく得た自由で穏やかなこの国での暮らし……チッチにラナハルト一家やピスナー、ドノバン先生、トラス、それに学院の仲間達……離れたくない……大切な人ともう引き離さないで!!

 セリアの目から涙がこぼれたその時だった。


……姫様? セリア姫様ですか? お久しぶりです、ターナです! どうかされたんですか? 大丈夫ですか! ……


 突然、懐かしい人の思念が頭の中に流れてきた。


……ターナ? ターナ、ターナ!! 助けて! ……

……姫様、どうしたんですか? ドノバン先生からカトラスタ王国へ無事にお逃げになったと聞いて安心していたのですが、何かあったんですか! ……

……攫われて、森の中にいるの! 違法に森林伐採をしている者達だと思うわ。もう1人友達のエマが洞窟に残されているんだけど……天空塔から見えていたあの大きな木の近くの洞窟のはず。洞窟には横穴が沢山あるけど、直進した奥よ……私は更にどこかへ荷台に乗せて移動させられているの! お願い、ラナハルト王子達に伝えて! エマも明日の午後には国外へ売られてしまうはずなの! ……

……なんてこと!! 分かりました! 国境を越えると迂回することになるので、森を通ってカトラスタへ行きます。姫様、気を強く持って待っていて下さい! ……

……ありがとう、ターナ……


 ターナはそのまま玄関を飛び出すと、庭の馬の背に乗って鬱蒼とした夜の森へと突っ込んで行った。


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