第6話 消えた2人
アーリアの到来により、王子の身辺は厳重に警護されるようになり、事情を知りセリアの身を案じる国王夫妻によって、セリアにも傍目には分からない配慮の上で、警護が増強されていた。しかし、あの日以来、アーリアはどこかへと姿をくらまし、事情を知る者達は、アーリアが国へと戻ったのではないかと、安堵し始めていた。
そんなある日のことだった。いつものように授業を終えたセリアは、ラナハルトが帰るのを待って、時間差で帰る為に教室で待っていた。そろそろラナハルトの馬車も門を出ただろうし帰ろうかしらと立ち上がった時、先に帰ったと思っていたルトマが教室へと戻って来た。
「どうしたのルトマ、忘れ物?」
セリアの問いかけに顔を上げたルトマの顔には血の気がなく、セリアは慌てた。
「ルトマ大丈夫? 顔色が悪いわよ!」
「ちょっと、具合が悪くて……あの、一緒にお手洗いにきてくれる?」
「わかったわ」
ルトマの様子を心配しながら一緒にトイレへと行くと、扉を閉めた途端にルトマが涙を流し始めた。
「わ、私、どうしたらいいか分からなくて……」
「何かあったの?」
「エマが……何者かに攫われて……誰にも見つからずに、これをセリアに渡すように言われて……でも、セリアが危険な目に遭ったらどうしようって思って……」
「心配してくれて有難う。大丈夫よルトマ。とりあえずその紙を見せてくれる?」
その紙にはすぐに指定の場所へ来いということと、一人で来なければエマを殺すと書いてあった。その指定場所は校内の食堂近くの食糧庫であった。もしかしたら、たちの悪い生徒の悪戯かもしれない。そう思ったセリアは、とにかくエマの安全を確認したくて、その指示された場所へと行くことにした。
「一人で行くなんて危ないわ!」
「悪戯かもしれないし、確かめに行くわ。もし戻らなかったらトラスに知らせてくれる?」
そう言うと、セリアはトイレを出てトラスに「ちょっと1人で行きたい場所がある」と告げる。
トラスは、もちろんセリアを1人で行動させる気はなかったが、いつになく真剣な表情で頼まれ、セリアに見つからない範囲で尾行することにした。
教室からは離れた校内でも北側に位置する食糧庫の扉は開いていて、中に入ると少しひんやりと感じた。食材が入れられた大きな木箱が積み上げられているのを見上げながら歩いていたセリアは、突然木箱の影から出てきた数人の人相の悪い男に驚く。「あっ」と声を出そうとしたが、一瞬にしてその声は口を塞いだ薬品の匂いのする布に吸い込まれていった。
セリアが食糧庫に入って行ったのを確認し、少し遅れて食糧庫に入ったトラスは、なぜ食糧庫なんかに入るのかと不審に思い、セリアを連れ戻そうと思ってセリアの姿を探した。
「セリア?」
誰がいるか分からないので、「姫様」ではなく名前で呼んでみたが、その声は空しく倉庫に響いただけで、セリアからの返事は聞こえてこなかった。焦ったトラスが食糧庫を走り回って確認すると、入って来たのとは反対側の外へ通じる扉が開いているのを発見した。外の土の地面の上には、車輪のような跡が見られる。ただごとではないと感じたトラスは、近くにいる警備兵達を集めて確認すると共に、城や学院へも伝令を飛ばした。そして、そのまま聞き込みを続けたトラスは、一台の荷運び用の馬車が学院から出て行ったという目撃情報を得た。その馬車はすごいスピードで駆けて行ったらしく、町の中での目撃情報は追えたが、その後森へと通じる道へ向かったという辺りで情報は途絶えてしまったのだった。
城へいつも通り先に着いたラナハルトは、セリアが帰ってくるのを1階の広間で待っていた。いつも、自分の居室へ戻る前に、学校であったことや課題のことについて軽く話すというのが日課になっていたのだ。しかし、この日はいつまで待ってもセリアが帰ってくる様子はなかった。
「遅いな? 誰かと話でもしているんだろうか?」
「セリアは人気者ですからね」
それを聞いたラナハルトがちょっと嫌な顔をするのを見て、ピスナーはふふっと笑う。
しばらく経った時、学院からの急使を告げる者が兵士に付き添われて入ってきた。その使者が告げた内容を聞いたラナハルトとピスナーの顔色が変わる。
「セリアが……消えただと?」
その後、鎮痛な面持ちで1人帰ってきたトラスの報告を聞いたラナハルトと国王夫妻は、その手際の良さから、それが予め計画された誘拐であることを理解し、焦りとともに煮えたぎるような怒りを感じたのであった。
起こったタイミングから見ても、十中八九そこにアーリアが絡んでいるだろうと思った面々だったが、アーリアがどこに居るのかの見当がつかず、焦りばかりが募って行った。
セリアとエマが攫われたことで、学院は一時的に閉鎖され、連日捜索が行われた。
アーリアが滞在しているスートラス家では、アーリアはクレアナの友達ということになっており、家の者もそれを疑うことはなかった。まさか、学園を騒がせている誘拐事件を計画したのが、その2人であるとは思いもしなかったのである。恐らく、クレアナ1人であったなら、ここまで大事になったことを知って焦ったかもしれない。しかし、隣国の姫であるアーリアと共に計画を実行することによって、あたかもそれが正しいことのように感じていたのだった。そんな2人は、順調に計画が進んでいることに喜び、同時にこれで王子の側から不適格な邪魔者を排除できたと、ほくそ笑むのであった。
急に暑くなったりで身体がだるくなりがちですね。
皆様どうぞ体調にくれぐれもお気を付けくださいね!
本日も読んで下さり、どうも有難うございます!!




