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第5話 嵐再び

 セリア達の担任であるアガート・ジャバトラは、昼休みの空いた時間に、今回受け持つことになった生徒達の名簿を見ながら、今回の班構成について考えていた。


「まあ、大方これまで通りだったが……この班だけは異質だな……まさかこうなるとはな」


 そうつぶやくジャバトラに、隣の席で鼻歌を歌っていた、隣のクラスの担任であるグリスト・ペーニが反応した。


「それって、王子の班のこと?」

「ああ。まさか、クラスでも4人しかいない平民の全てが王子の班に入るとはな……」

「えっ、4人全員? それで班は分裂しないの?」

「ああ、逆にとてもまとまりのある班になってる」

「へえ、それは普通じゃないね。やっぱり王子がまとめてるの?」

「ああ、それともう一人だな……」


 そう言いながらジャバトラは1人の生徒のことを頭に浮かべる。その生徒は、思えば入学式の時から目立っていた。その姿を目にした者が驚き、道を譲るほどの美貌とオーラを持ちながら、それにまるで気づいていないかのように、平然と平民の集まる席まで行ってそのままそこに座ったのだ。注目していた生徒達が驚きの表情で見る中で、楽しそうに平民の女生徒と語らう姿は、教師達の間でも噂になった。しかもその後、その生徒のすぐ後ろに王子が座ったことで、更に注目を集めることになったのだ。

 その考えを読んだかのようにペーニが言う。


「あの生徒、セリアだっけ? 彼女のことはうちのクラスでも話題になっているみたいだよ。男子も女子も、休み時間に君のクラスのあたりをうろうろしているのは、セリアか王子が目的みたいだからね」

「そうなのか……何も起こらないといいんだが……」


 ジャバトラが不安な気持ちを払うかのように頭を振ると、一つに纏めた長い黒髪が後ろで揺れた。


 そろそろ授業に向かおうと席を立った時、突然青い顔をした守衛が職員室へ入って来た。


「ジャバトラ先生! 校門に、隣国のアーリア姫だと名乗る令嬢が、王子に会わせろと押しかけているのですが……」

「なに?!」


 教師になる前は国王軍にいたジャバトラは、その経歴もあって今回は王子のクラスを任されており、王子の状況については多少の情報は持っていた。なので、アーリア姫という名前を聞いた時には、それが緊急事態であると分かったのだ。隣国の姫ということで、国家同士の事態にもなると判断したジャバトラは、すぐに国王へも伝令を飛ばし、学院長にも伝えるよう兵士に伝える。そして自身は、教室にいる王子の元へ向かうことにした。


 教室で王子に、アーリア姫の訪問を告げると、その途端王子の様子が急変した。国王軍として何度も命の危険に晒されたことのあるジャバトラは、王子から並々ならぬ殺気を感じて、思わず一歩下がりそうになった。しかし、殺気を放つ者は王子だけではなかった。ジャバトラは、王子の護衛であるピスナーと、セリアの護衛であるトラスからもそれを感じ、この事態がいかに深刻なのかを改めて認識したのだった。

 今やそこに、いつもの生徒としての王子の顔はなく、一国を統治する運命にある者の覚悟を秘めた顔があった。


「ジャバトラ、父上への報告は?」

「はっ、伝令を飛ばしております」

「そうか。父上の指示があるまで、学院の中には絶対に入れるな」

「承知いたしました」


 学院から報告を受け取った国王は、アーリア姫が学院に入ることを禁じ、即座に国へ帰るように伝える文書を出した。文書は、丁寧な言葉で書かれたものだったが、普通の者であれば即時国外退去を命じられていると分かる文言であった。

 しかし、その内容を受け取ったアーリア姫は、そんなことは何かの間違いだと言い、その文書を破り捨てると、直接王子と話すまでは帰らないと言い張った。


「王子はどこなの? 私は見合いにも呼ばれたれっきとしたアリスト王国の姫なのよ! 貴方ごときが話して良い相手ではないの。私はこの学院に入学するのよ! 聞けば、セリアという娘が王子のクラスにいるというじゃない? アレは元々アリスト王国の罪人なのよ。あら、貴方達そんなことも知らなかったの?」


 そう言って喚きたてるアーリアを、ほとんどの生徒は遠目に見て、関わらないように避けていたが、1人だけそのアーリアの言葉に耳を傾ける者がいた。


「セリアがアリスト王国の罪人ですって?」


 そうつぶやいたのは、セリアの同級生で、セリアのことを疎ましく思っているクレアナ・スートラスであった。

 クレアナは、こっそりと自分の家の召使いを、学院の門で喚いているアーリアの元へ伝令として向かわせると、そのままアーリアをスートラス家へと招き入れたのだった。

 本来なら、アーリアは王子を狙っている恋敵のはずであるが、セリアという邪魔者のせいで王子の側になかなか近づけないと思っているクレアナには、アーリアが自分と同じ側であるように感じたのだった。


「クレアナと言ったかしら? 王子と一緒のクラスだと言ったけれど、あの方はどうしてらして?」

「セリアなどというどこの貴族とも分からない者と同じ班になり、とてもお可哀想です」

「まぁ! なんてこと! あの女は罪人なのよ!」

「罪人なのですか?」


 聞きたかった話題に触れて目を輝かせるクレアナに、アーリアはセリアがずっと天空塔に幽閉されていた極悪人で、王子をたぶらかして逃走したという話を聞かせた。それを聞いたクレアナは、やはり思った通りだと言わんばかりに顔を歪ませ、いじわるな笑みを作る。


「そんな者を王子の側に置いておくわけにはいきませんわね。幸いにも、私の叔父は副学院長ですので、学院内のことにも詳しいのです」


 そう言うと、クレアナはアーリアと共にどす黒い感情のままに、秘密の作戦を立て始めたのであった。


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