第4話 苛められた班員
次の日から本格的に始まった授業は、班員で行動することが多く、セリアの班はラナハルトが代表ということになっていた。しかし、ラナハルトはセリアに意見を求めることも多く、班員はそれを自然なこととして受け取っていた。2人が以前から友達であることを知らない班員も、2人の違和感のない自然な雰囲気にしっくりきていたのだ。
平民であるミラトは、冷静で頭の良さがよく分かる話し方をする男子で、ショウは大柄で体格が良く、武闘派なイメージの学生だった。貴族であるケリアンは明るく楽しい性格で、ミゴロはとても真面目。エマとルトマは控えめながら、思慮深くて優しい性格、といった感じで、全体としてとてもまとまりのある班だった。
教室は広いというのに、セリアの班の周りは、他班の沢山の生徒に囲まれていた。それは、女子生徒の王子に近づいてあわよくば会話をしたいと言う思惑と、男子生徒のセリアに近づきたいという思惑が合わさった結果だったが、当の本人達はひたすら班員達と真剣に授業に取り組んでいたので、周囲の思惑は空回りに終わるばかりだった。
そんなある日、登校して教室に入ったセリアはエマとルトマの姿がないことに気づいた。結局2人は授業が始まる直前に教室に入ってきたのだが、その表情は暗かった。授業が始まると、いつもは熱心にメモを取るエマとルトマに動きがないのを不審に思って、2人の机の上を見ると、紙はあるけれどペンがないことに気づく。
「エマ、ルトマ、これを使って」
「「!」」
セリアが小声で言うと、驚いた2人はすぐに笑顔になって、ペンを受け取った。
授業が終わったセリアは申し訳なさそうにペンを返してきた2人に言う。
「珍しいわね、2人が同時にペンを忘れるなんて」
すると、言葉に詰まった2人に代わって、ショウが答えた。
「違うんだ。2人のペンは取り上げられて、その窓から外へ投げ捨てられたんだ」
あまりのことに驚いたセリアが2人に説明を求めると、ポツポツと2人が話し始めた。それによると、登校した2人に近づいてきたクラスメイトのクレアナ・スートラスが、2人のペンを取り上げて、投げ捨てたらしい。
「なんでそんなことを?!」
「……」
言いよどんだ2人に代わって答えたのは、今度はケリアンだった。
「なんでも、王子に馴れ馴れしく近づくな、だとさ。まったく、何を勘違いしてるんだか」
「はい、クレアナにそんなことを指図される謂れはありませんね」
珍しくミゴロも怒っているようだった。
クレアナは、初日にセリアに声を掛けてきたクレマンの双子の姉である。その話を聞いていたラナハルトは深い溜息をつき「嫌な思いをさせたな」と2人に言う。恐縮する2人に、ピスナーがペンを差し出した。
「2人とも、どうぞこれを使って下さい。まさか王子の護衛である私が渡すペンまで無くなるなんてことはないでしょうから」
最後の言葉はわざとクラス中に聞こえるように言ったようであった。なんとなくだが、クレアナの班がざわっとしたのが分かる。
本当は、クレアナが真に嫌っているのはセリアだった。初日は自分の双子の弟に気に入られたのにもかかわらず、その誘いを断り、その後もクラスの男子はセリアのことばかりを見ている。その上、いつの間にか王子と同じ班になっており、王子に我が物顔で声を掛けているのだ。「王子に気に入られるのは、副学院長の姪でもあるこの私なのよ! あんな名前も知らなかったような貴族もどきが声を掛けていいはずがないわ。それに服装だってあんなに地味じゃない。皆あんなののどこがいいのかしら」ある種、アーリアと同じような性質を持つクレアナには、セリアの輝くような雰囲気を感じることはできなかった。そして、容姿の美しさは少し認めつつも、着飾っている自分の方が絶対的に美しいと思っていたのだ。そして、その自信を以て、まずは王子の護衛に近づくことを思いついた。この時点で、哀れにもクレアナは、自分が既にピスナーに嫌われているとは気づけていない。
「ピスナーさんでしたかしら? あんな平民にペンを与えるなんて、なんて心が広いのでしょう。さすが王子の護衛ですわね」
「……王子の友が困るのを放ってはおけませんからね」
「と、友ですって?! まぁ、変なご冗談を、ホホホホホ」
そう言って去って行ったクレアナを、セリア達は理解不能といった面持ちで見ていたのだった。
「王子様というのも大変ね……」
セリアがそうつぶやくのを聞き洩らさなかったラナハルトが、すかざず思念を飛ばしてくる。
……お前もほんとは同じだろ……
学校での授業は、セリアにとっては易しい内容ばかりであった。なので、これまで高価である本を、あまり読むことができなかったエマやルトマ達平民勢が分からない所を教える事が多かった。
学院での日々はとても順調だった。しかし、その時はまだセリアもラナハルトも気づいていなかったのだ。その日常を嵐に変える恐るべき野獣が近づいて来ていることを。
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カトラスタ王国の隣国であり、セリアの出身国でもあるアリスト王国の城では、今、猛り狂った野獣……アーリア姫が召使達に喚き散らしているところだった。
「あの罪人が、カトラスタ王国の学院に通ってるですって?!」
「は、はい」
「なぜあんな女が、王子と一緒の学院に行ってるのよ! 王子の側にいるべきは私でしょ?!」
「は、はぁ……」
「用意をなさい」
「はい?」
「カトラスタにあるその学院とやらへ行くわよ! 私だって18歳なんだし、あの女が行けるんだったら私だって行けるでしょ?」
「で、でも、もうすでに学院は始まっていますし……それでしたら来年にされては……」
「そんなに待てるはずがないでしょう? 処刑されたいの? 早くして!」
そのヒステリックな勢いを止められる者は誰もいなかった。国王や王妃は基本的に娘のしたいようにさせてきたし、自分達の欲望や利益の範囲に入りこまなければ良いと考えていた。なので、王妃もこう言って娘を送り出した。
「貴女は姫なんだから、授業料なんて払う必要はないし、何か言われたら突っぱねてやんな! そして今度こそ金ヅルの王子をあんたの物にするんだよ、いいね?」
学院に嵐の到来が告げられるのは、それから数日後のことであった。
お読みいただき、どうも有難うございます!
読者の皆様のお蔭で、毎日机に向かう習慣ができました(笑)




