第23話 与えられた居場所
ラナハルト達が去ると、バールベルト国王は従者に命じて商人達を集めるように指示を出した。シャルメール王妃も夫の考えはよく分かっており、何も言わず微笑む。
思ったよりも疲れていたのか、少しだけ眠ったと思っていたセリアが目を覚ましたのは、昼をとっくに過ぎた頃だった。目覚めたセリアは周りを見回して、そこが天空塔でないと分かり、昨日からのことが夢ではなかったことに安堵した。部屋には、天空塔の部屋には無かったものが沢山あり、そのうちの一つである全身が映る鏡の前に立ったセリアは、ふぅっと溜息をつく。
「ちゃんと鏡で見るのは7年ぶりだけど、確かに私成長してたのね。でも、こんな服で国王夫妻にご挨拶したなんて失礼だったわね……」
そんなことをつぶやいていると、窓をコツコツと叩く音がした。
「まぁ、チッチ!」
急いで窓を開けると、部屋の中へ飛び込んできたチッチは定位置であるセリアの頭に止まった。
……姫様よかった、元気で……
……うん、どうもありがとう!……
……ドノバン先生もこっちへ向かってるよ。王子に頼まれて姫様の居場所の手紙届けたんだ……
……そうなのね! 嬉しい。でも、チッチは疲れたでしょう?……
……大丈夫。こうやって姫様の上で休むから……
……うふふ。分かったわ。ゆっくり休んでちょうだいね……
その時、ドアをノックする音がして、セリアが返事をするとラナハルトとピスナーが現れた。
「よく眠れたか?」
「はい、ラナ……ハルト王子!」
「ははは、セリアはそのままラナって呼んでくれ」
「でも……」
「大体セリアだって姫君じゃないか。ラナって呼ばなかったら、俺もセリア姫って呼ぶぞ!」
「う……ん。分かったわ。じゃあ、ピスナーも私のことは、そのままセリアって呼んでね!」
「そう望まれるのなら」
「ああ、もう、そんな風に硬くならないで。それに、こんな古着を纏ったお姫様なんて滑稽でしょう?」
セリアは冗談のつもりで言ったのに、2人が真剣な顔をしたのでちょっとびっくりした。
「セリア、そのことで父上達が話したいことがあるそうだ。一緒に来てくれるか?」
「あ、ええ、分かったわ」
ラナハルトとピスナーについて廊下を歩いていると、城の人達が自分を見て驚いたような顔をしているのに気付き、その理由を勘違いしたセリアは、確かにこんな服で城を歩くのは失礼だと思って、ちょっと恥ずかしく思った。
ラナハルトは最上階へ着くと、一際豪華な彫刻の施された大きな扉を叩いた。セリアはそれが国王のいる部屋だと分かり少し緊張する。中へ入ると、美しい装飾の机の前に座った王と、その前にずらっと並んで箱を持つ人達の姿が目に入った。王の隣にはニコニコと笑顔を湛えて立つ王妃もいる。
「セリア、良く眠れたかい? おやっ? それが例の鳥か?」
「チッチはセリアの友達だと父上には話してある」
「あっ、私ったらチッチを乗せたまま来てしまいました。はい、この鳥は私の友達なんです。それから、お蔭様でとてもよく眠ることができました。どうも有難うございます。」
「ははは、大丈夫だそのままで。ところで、来てもらったのは、当面の生活に必要な物をそろえる必要があると思ってな。商人達を集めたから、好みの品から選ぶと良い」
「……お気遣いとても嬉しく思います。ですが……私にはそれらを買うお金がありません。すぐにお城からも下がらせていただきますし……せっかくお気遣いいただいたのに、申し訳ないのですが……」
「セリア、そんなことは気にしなくて良い。まあ気になるというのであれば、それは、息子とその家来を蜂から救ってもらった礼と考えてくれれば良い」
「でも、もうすでにそれは……」
「いいのよ、セリア。私達は貴女に、この城に居てほしいと思っているのよ。だから、貴女がこの城に居るのが嫌でなかったら、私達に生活の品を揃えさせてちょうだい」
「王妃様……」
「さあさあ、商人達よ、順番にセリアに商品を選ばせてやってくれ」
途端に商人達が品を持ってセリアの前に広げ始めた。
「どうも有難うございます、国王様、王妃様。私はなんて幸せなのでしょう」
セリアは2人の好意に、涙が出そうになったが、それをこらえて笑顔で商品に目を通し始めた。それを見た国王一家とピスナーは安堵の表情になる。
それからのセリアの生活は実に充実したものだった。城に到着したドノバン先生はなぜかトラスも連れて来ていて、いつの間にかセリア付きの教師と護衛という立場になっていた。午前中はドノバン先生と、兵士としては珍しく勤勉なトラスも入れて、様々な事柄について白熱した議論をする。時々、時間の空いたラナハルトやピスナーもそこに加わることがあった。午後はラナハルト達と森へ行ったり、変装して城下の様子を視察したり、城の図書室で本を読んだりして過ごすのだった。
セリアはこうして毎日自由に行動し、色々な人達と話せることがこの上なく幸せだった。そして、自分を受け入れ居場所を与えてくれた国王一家に深く感謝していた。
国王も王妃も、これまで第一王子であるラナハルトが、全く女性に興味を持たないことを心配していた。先日やっとのことで開いた見合いも、アーリア姫のせいで散々な形で中断せざるを得なかったし、余計にラナハルトが女性に辟易したのではと、内心とても心配していたのだ。しかし、隣国から帰ったラナハルトは、類まれなる美貌を持つ令嬢の手を引いて帰還し、しかもその令嬢が、れっきとした隣国アリスト王国の姫君だということが分かったのだ。それが分かった時の国王夫妻の喜びと期待は相当なものだった。しかし、とは言ってもその後の発展は本人達次第であり、国王夫妻は親として、出来る所には手を差し伸べるが、後は温かく見守ろうと話し合っていた。
だが、そんなことになっているとは当の本人達は全く気付いておらず、淡く芽吹こうとする感情の息吹は、まだそれぞれの心の中で静かに眠っていた。
これにて第1章が終わりました。
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