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第22話 明かされた身分

 カトラスタ王国の城へと向かう道中でセリアと話すラナハルトは、顔を合わせるのは初めてながら、ちっともそんな気がしないなと感じていた。やはりこれまで思念で会話をしてきたせいだろうか、セリアの反応や笑い声もしっくりくるから不思議だった。外見を知らない時から、セリアはラナハルトの心の内にすっと受け入れることが出来た、珍しく大切な存在だったが、実際に会ったことで、もっとその大切さを実感するようになっていた。


「これから向かうのは、ラナの家なのよね? ピスナーの家も近いの?」

「あ、うん、そうだよ。僕のいる場所も近くだよ」

「とても楽しみだわ。でも、本当にいいのかしら? 私が突然お邪魔しても……」

「ああ、大丈夫だって。空いてる部屋はあるからな」

「ラナのお父様とお母様に失礼のないようにご挨拶できるかしら。私、ずっと塔にいたから……それに、罪人ってことになっていたみたいだし……」

「セリアが罪人でないのは俺達が知ってるんだ。そんなことは気にすることのうちに入らない。それよりセリア、少しでも寝た方がいいんじゃないか?」


 夜通し馬車を走らせて来たが、もう夜中も回りもうすぐ明け方になろうとしていた。セリアは暗い中でも時折見える村や街道の様子を目を凝らして見ていて、全然休んでいなかったのだ。しかし、セリアは外の様子に興味津々で、結局眠ることはなかった。


 明け方になり、遠くに城が見えてくるとセリアが歓声を上げた。


「わぁ! あれがカトラスタ王国のお城?」

「ああ、そうだ」

「すごく綺麗で立派なお城ね……。本で読んだ通りだわ。あの時は実際に見られる日がくるなんて思っていなかったのに……」


 朝日に輝く白い城は、確かに美しく見えた。しかし、その城を嬉しそうに眺めるセリアの横顔の方が、ラナハルトには美しく感じられた。

 次第に近づく城を見ていたセリアが疑問の声を上げる。


「もうかなりお城に近づいてきたわ。ラナの家はもう近いのかしら?」


 ちょっとソワソワした様子のセリアを見て、ラナハルトはこのまま黙っていようと少し意地悪な気持ちになった。それを察したピスナーがチラリとラナハルトを横目で見る。


 ついに馬車は城の大きな門をくぐり、正面に堂々と到着した。朝早くにもかかわらず、既に城の正面の扉の前にはずらりと召使いや兵士達が並んで待機している。馬車の扉が開けられると同時に、並んでいる者達が一斉に胸に手を当てて地面に片膝を折って敬意を示す。皆王子の帰還が嬉しいらしく、馬車から下りたラナハルトに笑顔を向けて出迎えるが、ラナハルトがまた馬車の扉の方を振り返って手を差し伸べたことで、「おやっ」と視線が馬車の扉へ注がれた。

そして、セリアがラナハルトの手を握って馬車から下りてきた……。


 皆、茫然と……ただただ唖然としてその姿に見入る。王子の手に置かれた透き通るような手の持ち主は、朝日を浴びて光り輝き、シャランと音が聞こえそうに滑らかな薄い金色の髪を揺らして、軽やかに馬車から下りてきた。着ている粗末な衣服など霞んでしまうくらい眩しいほどの存在感に、普段は来客を凝視するような失礼な態度は一切見せることのない城に仕える者達が、小さく口を開けたままセリアを見つめていた。


 しかし、驚いているのはセリアも同じだった。


「ラナ……これは……」


 言いかけたセリアの声にはっと我に返った者達が、口々に王子の帰還を喜び出迎えの挨拶をする。


「ラナハルト王子、お帰りなさいませ!」


 その声を聞いたセリアの身体がピクッと震える。


「え、ラナ? 王子?」


 それを聞いたラナハルトはセリアの手を掴んだまま悪戯っぽく笑う。


「はは、びっくりしたか? ああ、王子だ」

「え……えーっ!」


 セリアは驚いて思わず手を離そうとしたが、ラナハルトは強く握って離さない。


「まだ紹介する人がいるからついて来てくれ」

「え、で、でも……」

「いいから来いって。ああ、じゃあこれは命令だ!」


 そう言うと、ラナハルトはセリアの手をグイグイ引っ張って城へと入って行った。城へ入ると、アリスト王国からの帰還が予定より遅いことで心配していたらしい、両親である王と王妃の姿が目に入る。2人ともラナハルトの無事な姿を見て安心したように微笑んだが、それはほんの一瞬で、ほぼ同時にその隣にいる女性の姿が目に入ると驚きに満ちた表情に変わった。恐らく皆と同じように思っているのだろうと思ったラナハルトは、両親の元までセリアを引っ張って行くと、帰還の挨拶とともにセリアの紹介をした。詳細は後日にするということで省き、とりあえず蜂に襲われた時に助けてもらった隣国の友人であると紹介する。そして、アリスト王国のアーリア姫に、危うく処刑されるところだったのを助けたことを伝えると、それまで驚きの表情だった両親の眼差しが、温かいものへと変化した。恐らく、さんざんアーリア姫から迷惑を被った側である両親の中に、セリアに対する同情心が芽生えたのだろうと、ラナハルトは思った。


 紹介を受けたセリアは、王族に対する礼儀作法にのっとった完璧な所作で国王夫妻に挨拶をした。それを見た夫妻の顔に「ほぅ」と感心した表情が浮かぶ。しかし、その挨拶の中で明かされたセリアの名前を聞くと、国王夫妻に驚愕の表情が浮かんだ。

 セリアはラナハルト王子の両親である国王夫妻に対して、自分を偽ることはしたくなかった。なので、名前をきちんと名乗ったのだった。


「セリア・アリスト……まさか……そなたは、先王ストアードの娘か?」


 国王の口から出た言葉に、今度はラナハルトとピスナーが驚愕の表情に変わる。


「な、に? 先王の娘? ……セリアはアリストの姫なのか?」


 ラナハルトのつぶやきにセリアは軽く頷くと、国王に向き合う。


「はい。父をご存知でいらっしゃいますか?」

「ああ、お父上とは若い頃よりよき友として交流していたのだ。そう言われて見れば、確かにストアードとサリーナの両方に良く似ている」

「本当ですわね。目はストアード様、髪はサリーナ様と同じですものね」


 王妃も懐かしそうに目を細めてセリアを見つめた。

 両親が生きていた時には、両親に似ているとよく言われていたが、久しぶりにそう言ってもらえたことで、懐かしい感覚や嬉しさが込み上げてきて自然と涙が出てきた。ラナハルトがそっとハンカチを貸してくれ、王妃が頭を撫でてくれる。少し落ち着くと、王が思い出したようにつぶやいた。


「しかし、娘も病で亡くなったと聞いていたのだが……」

「はい……。両親が病に伏してからすぐに、私は天空塔に幽閉されて、昨日の処刑の時まで一歩も外に出ることは叶いませんでした。そして私は死んだということになっていたようですから……」

「なに……」

「まあ! そんなことに……」


 国王夫妻はそのあまりの内容に言葉を失った。


「父上、母上、私も多少のことは聞いていますので、後で説明に参ります。とりあえず、セリアをそろそろ部屋へ連れて行こうと思うのですが……」


 話がどんどん続きそうだと思ったのか、ラナハルトがそう言うと、国王夫妻は優しい笑顔をセリアに向け、ゆっくり休むようにと言ってくれた。

 そして部屋へ向かうラナハルトとセリアの後ろ姿を、国王夫妻は温かい目で見送ったのだった。


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