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第20話 悲劇の宴

 アーリアが放った戦慄の提案にラナハルトは唖然とする。普通なら、たちの悪い冗談かと顔をしかめるくらいだが、アーリアが言うとそれが本当に実行されるような気がしてきて、血の気が引くのを感じた。一瞬返事の言葉に詰まった隙にも、アーリアは話を進めていく。


「お母様、ちょうど塔に罪人がいたわよね?」


 それを聞いて顔色を変えたのはアーリアの父であるバラク王であった。アーリアはあそこに閉じ込められているのが先王の娘であるセリア姫だということを知らないで育った。先王であるセリアの父が崩御した際、セリアと同い年でまだ子供であったアーリアには、伝えて万が一どこかで喋られては困ると思い、他の者へ伝えたのと同じように、「あの塔には極悪人がいる」と伝えてきたのだった。それがまさかこういう形で表れるとは思わず、焦って止めようとした時、王妃ミアリが意地悪な笑みと共に答える。


「そうねアーリア、それは良い思いつきね」


 驚いた王は、妻である王妃に小声で話す。


「何を考えているんだ。大胆にも程があるぞ……もしも知られたら……」

「大胆だからいいんじゃないのさ。大国の王子様公認ってことで、あの娘が始末できるんだよ? 毒殺は失敗したし、こんな好機はないじゃないか」

「しかし、もしもあの娘が皆の前でしゃべったら……」

「もちろん、口がきけないように塞いで連れて来るんだよ」


 それを聞いて、妻よりも小心者の国王も、それなら大丈夫かという気になってきた。


 ラナハルトは、そんな見世物はいらないと言ったが、アーリアはやると言って罪人を連れて来るように命じた。




**


 セリアはいつも通りにドノバン先生と議論に熱中していた。しかし、その議論は突如突入してきた兵士達によって中断された。セリアの部屋を乱暴に開けて突入してきた4人の兵士達の姿を見て驚いたドノバンだったが、そのただならぬ気配に、咄嗟にセリアを庇おうと立ちはだかる。しかし、屈強な兵士4人を相手にドノバンが敵うはずもなく、すぐに押さえつけられてしまい、逃げ場のないセリアはそのまま兵士達に捕まえられてしまった。

突然のただならぬ事態に怯えるが、生来姫としての品性を持つセリアは、日頃から何があっても亡くなった両親に恥じぬ娘であろうと心に決めていた。なので、バタバタと騒ぐこともせず大人しく身を差し出す。


 しかし、実は兵士達も驚いていた。極悪犯の処刑の為と言われて突入した兵士は、そこにいたあまりに神々しい娘に一瞬たじろぎ、本当に拘束していいのかと躊躇ったほどだった。その品位に満ちた眼差しに見つめられて、口を塞ぐのも腕を縛るのも緩くしてしまっていた。


 ここ数年、セリアの姿を見る者はドノバンと、先日訪れた兵士のトラス以外におらず、美しく成長したセリアの姿を知る者はいなかったのである。




**

 

 強引に宴の席へと着かされたラナハルトは、一気に疲れが増したように感じ、虚ろな目でピスナーを見た。


「まるで、なんで食事をしながら極悪犯の処刑なんて見なければならないんだ、というような顔ですね」

「ああ。我が国ではそんな野蛮な方法はとらないし、厳正な証拠や公平な裁判に時間をかけた上で判断する。しかし、あれはまるで思いつきではないか。あの様子では本当に極悪犯なのかも怪しいし、そんな者の死を見せられるなど到底受け入れられぬ」

「そうですね。そのような蛮行が行われる前に強引にでも退出しましょう」


 しかし、そんな2人の計画は予想よりも早く訪れた外からのどよめきによって崩れることとなる。


 広間までそのどよめきが伝わってきたことで、集まっていた城の関係者も何事かと様子を伺う中、罪人を連れてきたという報告と共に兵士が罪人の両脇を抱えて、広間に入ってきた。


 その途端、広間には不思議な空気が漂った……。


 兵士に連れられてきた罪人を見た皆の目が、吸い込まれるようにそのまま動かなくなり、開いた口はなかなか塞がらない。それもそのはずで、その罪人は、古びた布の服を着ているにもかかわらず、まるで神話の世界から飛び出してきたかと思われるように光り輝いて見えたのだ。腰まである艶やかな薄い金色の髪は、娘が歩く度にシャランと揺れ、口を塞がれ腕を縛られているにも関わらず、凛としたその表情を形作る、知性溢れる柔らかで美しい薄緑色の瞳は、見る者全ての心を一瞬で魅了したのだった。


 ラナハルトは思わずつぶやいていた。


「美しいな……あんな人間がいるのか……」

「女神のような姿ですね……こんな方がいたとは……」


 人々が息をするのも忘れて魅入る中、その神聖な空気を切り裂くように声を発したのはアーリアだった。


「ふん、女が極悪人だったなんてね! 幸運にも大勢の観客の前で処刑してもらえるのよ。私に感謝することね!」


 その言葉を聞いた国王一家以外の人々は、瞬間的に、あまりに間違った事が行われようとしていることを感じて、恐怖に陥った。なぜか分からないが、セリアを見た誰もが彼女が罪人のはずはないと信じることができたのだ。それは、恐らく本能的な部分でセリアから発せられる気品や愛情深さといった雰囲気を感じたからだろう。しかし、そういうことを感じられない稀な人間が国王一家であった。


 おずおずと1人の貴族が勇気を振り絞って発言した。


「処刑というのは……よろしくないかと思います。そう簡単に処刑するというのは他国ではやっておりませんし、他国の方もいらっしゃる前でそのような行いは良くないかと」

「そうです、そもそも何の罪状で処刑になるのか私達は知りません」


 1人に続くように、そうだそうだという声が上がる。しかし、それはアーリアの機嫌を一層損ねるものであった……。


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