第17話 天空塔の警備
セリアが幽閉されている天空塔の警備には4人が当てられていて、毎日交代で2人が天空塔の階段がある地上の警備に当たっていた。セリアが幽閉された当時はもっと沢山の警備兵がいたのだが、アリスト王国の財政悪化と、セリアに逃亡の動きが全く見られなかったことから徐々に人数が減らされていったのだった。
最初の頃にいた兵士達は部屋へ食事を持って行くこともあったが、最近はほとんどドノバンが持って行く。稀にドノバンが来られない時は、兵士が食事を持って行くが、その時は部屋の戸の前に食事を置くということになっていて、セリアと接触する兵士はいなくなっていた。
最近、警備兵の入れ替えがあり、新しく配属されたうちの1人、トラス・ハートソン25歳は、今回の任地と仕事内容を振り返っていた。配置に当たって説明されたのは、幽閉されているのは極悪犯で、一切の会話をしてはならないということと、その人物に関する詮索は死罪に値するという厳しいものだった。引き継ぎの時の兵士の話では、この天空塔の警備は何もすることがなくて楽だが、退屈な仕事だということだけだった。しかし、勤務を始めてすぐの頃から、トラスにはふとした疑問が湧いてきた。
「なあ、いつも訪ねてくるあの男は何者なんだ?」
その訪問者についての詮索は禁止されてなかったし大丈夫だろうと思い、一緒に警備をしている同僚に訊いてみたが、その同僚も知らないようだった。毎日のようにやってくるその男は、よく本を手に持っていて、兵士なのに学問にも興味があるという少し変わった性質を持つトラスの興味を引いたのだった。食事を運ぶにしては長すぎる時間を毎日天空塔で過ごしているが、部屋の中で極悪犯と一体何をしているのだろうか? 極悪犯と一緒で怖くはないのだろうか? そんな疑問が湧いて気になるものの、答えは得られないままだった。
そんなある日、たまたま非番の日に城下の町を歩いていたトラスは、例の男が古本屋から出てくるのを見つけた。その後、古着屋の前で立ち止まって何かを考えている様子だったが、男は再び足早に歩きはじめた。トラスは少し躊躇していたが好奇心の方が勝り、男に話しかけてみることにした。
「あの、貴方はあの天空塔に出入りしている方ですよね?」
一瞬驚いた表情をしたその男は、しかしトラスが天空塔の警備兵だということが分かると、頷いた。
「俺達はあそこに幽閉されている極悪犯との一切の会話を禁止されていますが、貴方は毎日のように訪ねて来られる。一体何をしているのですか?」
「……そうですね。強いて言うなら、議論でしょうか」
「議論?」
「ええ、最近は各国の国政の違いについての議論ですね」
そう言ってニッコリと笑った男は、急ぐのでと言って去っていった。その背中を見送りながらトラスの頭にはより大きな疑問が広がっていく。極悪犯と国政の議論? あの男は俺をからかったんだろうか?
それからは、その男が天空塔に来る度に、男が持っている本のタイトルを注視することにした。すると、驚いたことに男はトラスでも読むのに難解な政治や経済に関する本などを持ってきていた。
本当にあの男が言ったように、国政に関する議論をしているんだろうか……。元来、学問好きで真面目であるトラスは、男と極悪犯がどのような議論をするのかが知りたくなり、日が経つにつれてそれは我慢しがたい欲求になっていった。
そんなある日の午後、一緒に警備をしていた同僚の調子が悪くなるという事態が発生した。急な代わりも見つけられず、いつも何事もない天空塔ということもあり、警備を1人で任されることになったトラスは迷っていた。これはまたとない絶好の機会だ……こんな機会を逃せばもういつ次の機会が来るか分からない……。そう考えたトラスは、意を決して天空塔の階段を上って行く。最上階までの螺旋状の石段を登り終えると、そこにある扉の前で耳を澄ませてみた。
「……昨日も言ったように、カトラスタ王国の国政はこの国には当てはまらない。何しろ地盤にある国力が違いすぎる」
「いいえ、先生、最初はもちろん無理なのは分かっていますが、お手本にして少しでも近づけるべきだと私は申し上げているんです」
トラスの驚きは相当なものだった。まず、極悪犯がまさか女性だとは思っていなかったのだ……声の感じからすると若く、しかも、本当に国政についての議論をしているようだ。そして、女性はあの男を先生と呼んだ……しかも、あの言葉遣い……思い描いていた極悪犯というイメージと全然一致しない……。
様々な謎が広がり、その答えが扉の向こうにあると思うと、トラスは戸を開けたくてたまらなくなった。一生懸命に自分の中で言い訳を用意してみる。俺は、極悪犯とは会話をしない……あくまであの男について知りたいだけだ、極悪犯の詮索ではない。それに、極悪犯を訪問する男について知るのは、警備をしている自分の勤めでもある。
1度限りのチャンスでこの時を逃せばもう知ることはできないという焦りと、最大に高まった好奇心は、パンドラの箱を目の前に『開けない』という選択肢を容易に打ち壊した。
そして、決心したトラスは、一気に部屋の戸を開けた……。
本日も読んでいただき、どうも有難うございます!!