第16話 ドノバン先生との会合
ラナハルト達がレストランへ到着する前、早目に着いたドノバンは、今回の突然の面会について考えていた。
セリアから隣国に友達がいるという話は聞いていたし、毒殺未遂の時にも命を救ってくれたことからも、良い友達なんだろうとは思っていた。しかし、彼女が姫という立場であり、特別な能力を持つことから、ドノバンはどうしても、面会相手を警戒せずにはいられなかった。手紙を受け取ってからは、相手の意図や対応について色々考えたが、思念での会話に混じることのできないドノバンは、結局、直接会ってみないと判断できないという結論に至っていた。
レストランに現れた2人は明らかに変装しているんだということはすぐに分かった。自身も貴族であるドノバンは、相手の物腰から、平民の服装をしているが貴族であるということをすぐに見抜いていた。ただ、その話し方などからは今のところセリアに対する悪意は感じなかった。
「こちらまで赴いていただき感謝します。ドノバン先生。私達のことはどうぞラナとピスナーと呼び捨てにしてくだけた対応をして下さい。その方が目立ちませんから」
「じゃあ、ラナとピスナーと呼ばせてもらうね。僕のこともドノバンと呼んで、気楽に話してほしい」
簡単な挨拶が終わるとさっそくラナがドノバンに質問した。
「俺達が気になっているのは、セリアの状況なんだ。あの能力のことといい、毒殺のことといい、とても危険な状況に思える。あの品性からしてもセリアは貴族だろう? それなのに、保護者のような存在が居ないようだが、セリアは一体どういう状況なんだ?」
いきなりの核心に触れる内容に、ドキリとしながら、どこまで話すべきかを考える。姫であるセリアの存在が一般に広まってしまうと、あの国王一家は早急に始末する手を早めて、そんな噂など嘘だったと言いかねないのだ。セリアを守る為には、その身分は隠さなければならないと思った。しかし、本当に親身になって心配してくれている様子の2人を見ていると、全くの虚構を語るのは誠意に欠ける気がした。
「セリアの両親は病で無くなったんだ。頼れる親戚もいないし、彼女の財産だったものは叔父夫婦によって略奪されて……彼女はそういう具体的なことは知らずに、両親が無くなってからは、叔父夫婦によって幽閉されているような状態なので、周囲のことにも疎くてね。まあ、その方が彼女には良いと思うんだけど……あまりに酷なことだからね」
それを聞いたラナハルトとピスナーは驚き、鎮痛な面持ちになる。
「……ある程度は想像していたが、そこまでだったとは……しかし、それで色々と納得がいく」
「うん、セリアがあんなに聡明なのに、流行の女性の服装なんかに疎かったりすることとかね」
「しかし、誰もその叔父夫婦の蛮行をとがめる貴族はいなかったのか?」
「はい、残念なことに、皆その叔父夫婦の暴挙が自分達に及ぶことの方を恐れて……その……あまり貴族らしい振る舞いをされない方々なので……」
「ああ、稀にだがそういう奴もいるな。それに、こう言ってはなんだが、アリスト王国の現国王については悪い噂しか聞かない。あんな王であれば、仮にその貴族の行動が耳に入ったとしても、何も言わないだろうしな」
ドノバンは、自国の王についての正しい悪評が流れていることに、何故か安心してしまった。
「俺達のことは聞いているだろうが、セリアに助けてもらった恩がある。他国とはいえ、友が窮地に陥っているのをみすみす見過ごすことはできない。だから、何か助けが必要になった時には、遠慮なくチッチにでも手紙を運んでもらって知らせてほしいんだ。あと、これをセリアに渡してほしい」
そう言うと、菓子やら本が詰められた袋が渡される。
「どうもありがとう。セリアもとっても喜ぶよ」
「今日は何が必要か分からなかったから、このような物にしたが、他に入用なものは?」
「彼女は、本以外何も持っていなくて、それでも満足だと言うんだよ。服だって、私が集めてきた着古した布を渡すだけで大喜びして、自分で服を作るんだ」
「なに? 服すら与えられていないのか?」
「ああ、貧しい少しの食事以外は何も……私以外は誰も彼女の部屋を訪ねないし、会話することすら禁止されているみたいだからね」
それを聞いて2人は絶句する。
「だから俺達と話す時、あんなに楽しそうなのか」
「そうだね。以前は、彼女が小さい頃から慕っている側仕えがいたんだけど、解雇されてしまってね。彼女が、人間と思念で意思疎通できるようになったのは、その時からなんだよ。解雇された側仕えと話したい一心で、必死だったんだろうね」
それを聞くと2人は俯いた。いつも明るい感じで思念での会話をするセリアが、そんな過酷な状況に耐えてきたことが不憫すぎて、同時にその叔父夫婦への怒りで、胸中に渦巻く激情を抑えるのに苦労していたのだ。
とりあえず、贈り物に関しては、『ドノバン先生が知り合いからもらった物のお裾分け』という感じでセリアへは渡してもらうことになった。ラナ達からだと言うと、セリアのことだから何かお礼をしたいとか言い出しそうだと思ったラナハルトの配慮だった。ラナハルトとしては大した贈り物ではないし、セリアの役に立てれば、それで目的達成なのだ。
平民の恰好をしているラナハルト達が、本当は高価な本をこんなに平然と贈れるわけはないのだが、微笑ましい2人の様子を見て、ドノバンはそこには触れないことにした。
また会いたいという2人の申し出を快く受け入れて、ドノバンはセリアへの土産を手に帰路に着いたのだった。