第15話 野獣の暴挙
カトラスタ王国の王城の片隅から始まった騒動は、城全体を引っ掻き回す惨事へと発展しようとしていた。
悲惨な見合いから一晩明けて、目覚めたラナハルトの元に憔悴しきったピスナーが現れた。
「どうしたピスナー? 随分と顔色が悪いようだが」
「……あまりお耳に入れたくはないのですが……」
それからピスナーが話した内容は、寝起きでぼんやりしたラナハルトの頭を強制的に目覚めさせた。
「なに?! それほどひどいのか?」
「はい……人というより、何かが乗り移った野獣のようです」
それは昨日で収束したと思っていた、アリスト王国の王女アーリア・アリストについての恐るべき内容の報告であった。ピスナーによると、部屋へと案内されて休養を促されたアーリアは、ラナハルトの部屋の場所を尋ねたが、警備上の理由により答えられないと城の世話係に返答されると、怒り狂ってその世話係の女性の髪を掴んで引き倒し、そのまま廊下に出て王子の居場所を訊きまくったと言う。女性では手に負えず最終的には城の兵士が対応するまでになったが、一応他国の姫であるアーリアに手荒なことが出来ないという事をいいことに、兵士の顔面や急所を殴る蹴るという暴挙に出たらしい。その報告を聞いて激怒したのは、普段温厚で皆から慕われている王妃、つまりはラナハルトの母であるシャルメール・カトラスタ王妃であったと言う。
「母上がそんなに怒るとは、よほどのことだな」
「はい。シャルメール王妃様は知性と気品を兼ね揃え愛情深く、本当の意味でお美しい方です。恐らく、他国とはいえ姫という立場にあるアーリア姫の野獣のような行いと、それによって城の者が傷つけられるということは、耐え難いことだったのだと思います」
「そうだろうな。その野獣の所業を聞くだけで、男の俺でさえ身の毛がよだつ」
「王妃様は、皆の安全に配慮して自由を奪うこともやむを得ないとのご意見でしたが、それを宥められたのは国王陛下でした」
「そうか。父上はあと数日でアーリアを国へ返すまでは皆で持ちこたえよという考えだろうな」
「はい。あくまで他国の姫をお預かりしているという態度を貫くおつもりのようです」
「父上らしい。しかし、一番怖いのはその父上だがな。恐らく、この一件で今後の父上のアリスト王国に対する態度は、厳しいものになるだろう。制裁などもあるかもしれぬ」
「そうでしょうね。しかし、そうなると悲惨なのは、その影響を少なからず受けるアリスト王国の民ですね」
「そうだな。民は統率者である王を選べないからな……。ところでなぜお前が憔悴しているんだ?」
「暴れるアーリア姫が、王子の所へ向かうと言って何度も部屋から抜け出そうとする、という報告を夜通し受けていたのです」
「そうなのか……ご苦労だったな。少し休んでこい」
大丈夫だと言うピスナーを強制的に休ませると、改めてアーリアの所業を思い出したラナハルトは、それが自分に向けられているものだと再認識してゾッとした。そして同時に、森へ行ってセリアとの会話を楽しみたいと強く思った。
沢山休めと言っても拒否するので、あえて少し休めと言ったのだが、本当に少ししか休まずにラナハルトの部屋へ現れたピスナーを見て、ふっと笑ってしまう。
「王子、明日の午前中でしたよね、ドノバン先生とのお約束は」
「ああ、それに向けてセリアへ渡してもらう多少の手土産を用意したいのだが、何が良いだろうか?」
「そうですね、セリアの状況が分からないので、今回は当たりさわりのないこの国の菓子や本などが良いのではないでしょうか」
「そうだな、出入りの商人から買っておいてくれ」
先日チッチに運んでもらったドノバン先生への手紙には、セリアの友としてドノバン先生と会いたいと書いており、日時と場所も指定しておいたのだった。ドノバン先生がどれくらい話してくれるかは分からないが、セリアの状況を知ることが目的だ。偶然に助けてもらったことから始まった繋がりではあるが、その後発覚したセリアの能力や、毒殺されかかったという事態は見過ごすことができず、友として何か力になれることはないだろうかという王子の優しさによるものだった。しかし、王子であるラナハルトが、貴族ではあるのだろうが素性の知れない、しかも他国の一令嬢に気をかけるのは良くないということは、ラナハルト自身も分かっていた。なので、セリア本人ではなく、今回は秘密裏にドノバン先生と会うのである。
ドノバン先生との待ち合わせは、カトラスタ王国の中で最もアリスト王国に近いペルマの町のレストランだった。ラナハルトもピスナーも帽子を被り、色のついたメガネを掛け、平民の服を着ている。そうしないと、国で人気のあるラナハルト王子は元より、いつも一緒に行動しているピスナーも、近頃では肖像画などが出回っていて、一度見つかると黄色い歓声に追いかけられ大変なことになるのである。
待ち合わせのレストランに入ると、指定された場所に1人の男が座っていた。歳の頃は30過ぎ位だろうか。穏やかで優しげな印象の男だった。
「あの、ドノバン先生でしょうか?」
「はい。あなた方がラナ殿とピスナー殿ですか?」
立ち上がりにこやかにそう言ったドノバン先生は、少し周りを警戒するように見回すと席に座り直した。
本日もお読みいただき、どうも有り難うございます!
(活動報告にてお礼を書かせていただきました)