第14話 見合いの惨劇
見合い当日の朝、ここ最近で一番嫌な夢を見て目覚めたラナハルトは、その最悪な気分を払拭するべく、いつもの森へピスナーと共に向かった。
セリアはというと、帰るなり肝の冷える報告を聞いたドノバン先生の後悔と怒りを、宥められるくらいには元気になり、食事もドノバン先生が管理してくれるようになったお蔭で、また普通に食べられるようになっていた。
……というわけで、ラナは今日、機嫌が悪いんだよ……
……あ、ピスナー! 余計な事言うなよ! ……
……ふふふ。でも、なんだか楽しそう。私が代わりにそのお見合いをしてあげたいなぁ……
……え、セリアは見合いをしたいのか? ……
……うーん、普通に女の子の友達とおしゃべりしたいなって。どんな子達が来るのかしら?……
……普通の娘達だろう。親が勝手に呼んできただけだからな……
ラナハルトは嘘ではないギリギリの回答でごまかした。
……そうだ、今日はセリアからドノバン先生へ手紙を渡してほしくて持ってきたんだ。また悪いけど、チッチに運んでもらえるか? ……
まもなく頭上に現れたチッチに手紙を託すと、今日はそこまでにして城へと戻ることにした。きっと城では前代未聞のお見合い会場のセッティングで、係の者達がピスナーのチェックを欲しがっているはずだからだ。
城へ戻ると、ラナハルトは手早く昼食を済ませて見合い用の衣装に着替えた。いつもよりもヒダの多いシャツの上から、長い膝の辺りまである上着を羽織る。今日は全てピスナーに任せたので、ズボンとシャツは白で上着は青に金色の刺繍というデザインだった。「はぁ」と溜息をつくと、呼びに来た家来と共に見合い会場へと、重い足取りで向かう。
会場には、先に行っていたピスナーが令嬢達へニコニコと愛想笑いを振りまいており、早くバトンを渡したいとばかりにこちらに合図を送りながら立っていた。7ヶ国の姫達がそろっているのを確認し、席に着くと、召使い達が茶や菓子をセットしていく。それをそれぞれの国の従者達が毒見をし、それが終わると、見合いが本格的に始まった。
ラナハルトがまず挨拶をして、その後にそれぞれの姫に挨拶を促す。各国から人が集まった際の挨拶の順序には暗黙のルールがあって、国土の大きさの順になっている。なので、まず挨拶を始めたのは自国であるカトラスタ王国の令嬢だった。貴族の中では最大の力を持つビルモンテ家の娘でアビス・ビルモンテと言う。昔から城での催事の際には親に連れられて来ていたので顔は知っているが、お互いに興味がないので話したこともなかった。実際に顔を合わせたのは数年ぶりくらいだろうか。しかし、数年ぶりに会ったアビス嬢は、やけにキラキラとした、まるで作り物のような笑顔を向けて話してくる。そして次に、2番目に大きなガリア王国の令嬢ルビーラ・ガリアが挨拶をしようとした時だった、ルビーラ嬢が言うよりも早く口を開いた者がいて、皆がそっちを向く……それは、最小国であるアリスト王国の王女アーリア・アリストであった。
「皆様、私がアリスト王国の才色兼備こと、アーリア・アリストでしてよ! オホホホホホ! ラナハルト王子との将来を約束された私に、皆さん今のうちから繋がりをつけたくてお集まりいただいたと聞いていますわ。そういうことは嫌いではないけれど、まずは私に貢物をするなどして礼を尽くしてくださいね。それから、私の王子にあまり馴れ馴れしくお話しにならないで下さいませ。私はこれからしばらくのこの城での滞在を、王子とだけ過ごしたいのですから」
最初から最後までアーリアが話し終えることができたのは、他の全員があまりのことに呆気にとられて、奇異な物でも見るかのように見守ったからであるのだが、当の本人はそのことに気づくことなどなかった。
ラナハルトは、さてどこから訂正したものかと思ったが、考えるだけアホらしくも思えてきた。そんな低能なことに頭を使うことは避けたかったのだ。なので、何事もなかったかのように次に話す予定だったガリア王国のルビーラ嬢への挨拶を勧めた。しかし、無理をしてでもアーリアの滑稽な話の意味を考えておくのだったと、ラナハルトは数分後に後悔することになる。
ルビーラ嬢が話し終えて、やっと場に正常な雰囲気が戻ってきたと思っていた時、突然アーリアの様子がおかしくなった。真っ赤な顔をして、皮膚には紫の斑点が出て来ている。数人の令嬢が「キャーッ」と叫ぶ。
その症状を見た途端、ラナハルトは先日のセリアに盛られた毒を思い出した。ピスナーの方を振り向くと、すぐに察したピスナーが解毒薬の手配に城へと駆けだして行く。皆が騒然となる中、見合いはそのまま中止となり、アーリアは城の医務室へと運ばれた。
幸い発症してすぐだったこともあり、薬を投与すると、数時間後にはアーリアは元に戻っていた。先日のセリアの時には随分長い時間苦しんでいたことを思い出し、ラナハルトの心がチクンと痛んだ。目を開いたアーリアは何を勘違いしたのか、ラナハルトが心配してくれていると大声で言い、こんな事件が起きたのだからもっと城に滞在して介抱されるべきだと主張し始めた。
それを聞いていたラナハルトは心の中が冷え冷えとしてくるのを感じた。証拠はないが、アーリアが先ほどの見合いの自己紹介で「しばらくこの城に滞在して……」と言ったことが思い出され、この服毒が予めアーリアによって計画されていた自作自演のものであると直感的に思ったからだ。それに、数多くの毒がある中で、こんな短期間に同じ毒に巡り合うのもおかしかった。このルリアンの毒はどちらかというとマイナーな部類の毒なのだ。そして、アーリアはこの城になら解毒剤があるというのを分かっていて服毒したのだろうし、自分でも解毒薬を持参していたに違いない。
ラナハルトは父である国王に、見合いでの事をつぶさに報告した。既に他国の姫君達も同じ状況を証言していたため、アリスト王国の姫の奇行自体は信じてもらえたが、自ら服毒したのではという疑いは、証拠がない為に追求できないということで、国同士のことでもあるから、アーリアが完全に回復する数日間はこの城で様子を見るということが決まった。
ラナハルトは、自室から最も遠い客室をアーリアに使わせることを父王に承諾してもらうと、即刻自室に戻った。他国の姫君への謝罪も済んだし、その際も皆一様にラナハルトに同情してくれていたので、他国との関係は大丈夫だと思う。
しかし、アーリアを数日とはいえ受け入れたカトラスタの城は、その後しばらく語り継がれるほどの屈辱と惨状に見舞われたのだった。