第13話 見合いの申し込み
翌日、朝食を食べ終えたラナハルトは、緊張した面持ちでピスナーと共に森へとやって来た。
……セリア、聞こえるか? ……
……ありがとう2人とも……
いつもよりも心配そうに、労わりを込めて投げられた2人の声を安心させるかのように、柔らかなセリアの声が返ってきて、2人は安堵の溜息をもらす。まだ本調子ではないだろうが、とりあえず危機を脱したことに昨日からの緊張の糸が解けた。
……薬が効いて、嘘みたいに楽になったの。何てお礼を言ったらいいか分からないわ。ちゃんとお金も支払いたいと思うのだけれど……ごめんなさい。私お金を持っていないの……
その言葉に驚いたのは2人の方だった。もちろんお金なんていらないのだが、お金を何も持っていないなんてそんなことがあるんだろうか、とそっちの方が気になってしまったのだ。今時、平民でさえ硬貨1枚も持っていない者を探す方が難しいだろう。家が無い放浪者でも道で拾い集めた硬貨を密かに持っていると聞いている。それに先生には誰かが給料を支払っているのではないだろうか。
……セリア、金のことは気にしなくていい。知り合いの医者が分けてくれたものだからな。それより、金がないというのはどういうことなんだ? 先生に支払う金も必要だろう? ……
……どうも有難う。でも、いつか何かでお返しさせてほしいわ。先生は、善意で来てくれているの。お給料はお支払いしてないの……
……そうだったのか。先生の名前は? ……
……ドノバン先生と言って、とても良い先生よ……
セリアは、ラナハルトとピスナーのことをこれまでの会話から信用できていたし、どのみち他国の人達なので、ドノバン先生の名前を言っても先生が危険になることはないと思った。他国より自国にいる人達を警戒しないといけないなんて悲しいことだと思う。
病み上がりのセリアを休ませる為に、早めに帰路についたラナハルト達は、今日も会話を振り返りながら2人で考えを述べ合った。
「ドノバン先生に会えれば、もう少しセリアの状況を改善できるかもしれないんだがな……」
「少し探ってみましょうか」
「そうだな、頼む」
とりあえずセリアが回復したことに安堵して城に戻ったラナハルト達を待っていたのは、ある意味でラナハルトにとって一番苦手なことだった。国王からの伝言とともに、使いの者から運ばれてきた書類を確認したピスナーが苦い笑みを浮かべる。
「すごく嫌な笑みだな、何の書類だ? 言ってみろ」
「各国が選出してきた見合い候補者の書類です」
「み、見合いだぁ? 誰のだ?」
「もちろん、ラナハルト王子のですよ」
「俺はまだ17歳だぞ?」
「王族の見合いの時期としては妥当なお年頃です」
「ピスナー、命令だ。その書類は焼却しろ」
「まあ、私も焼却してしまいたい書類もありますが、残念ながら王のご命令ですので、できません」
「なに? そんなにひどい候補者がいるのか?」
逆に怖いもの見たさが勝ってしまったのか、ラナハルトはその書類を確認し始めた。そして、最後の1枚を見たラナハルトの目が点になり、その後心底気分の悪そうな顔になった。そう、それはアリスト王国訪問時にラナハルトの部屋へ押しかけてきたアリスト王国の王女アーリア・アリストのものであった。最悪、見合いは行ったとしても、その後の返事で全員断るつもりだったが、あのアーリア・アリストとだけは見合いで顔を合わせるのすらも苦痛だった。
「しかし、1国の見合いだけ断ることはできませんし……」
「そうか……そうだよな……では、全員一度にするぞ」
「は? え?」
「茶会のような感じで全ての相手と同時に見合いを行うのだ。それなら、比較もできるし時間も短縮できる。これなら良いだろう」
「もはや見合いとは呼べないかと思いますが、その形式で良ければと、それぞれの国へ打診してみましょう」
「こういう時こそ大国の力を使うんだ、いいなピスナー。あ、そんなことよりもセリアの言ったドノバン先生についての調査の方を急げ」
「承知いたしました。ラナハルト王子」
わざとらしくそう言ったピスナーをチロッと睨むと、すぐさまラナハルトは調剤室へと向かい、毒に対する試薬をもらってきた。
夕方、再度ピスナーを伴って森へと行くと、セリアにもう一度チッチを派遣してもらい、試薬とパンなどなるべく軽くて運びやすい食糧を、何度かに分けて運んでもらった。
……セリア、この試薬は色々な毒を見極められる。垂らしてみて黒く色が変わるのは毒入りだから食べるな。先生が帰って来るまでは、できるだけチッチに運んでもらった物を食べるんだぞ……
そう言うと、セリアは少し涙声でありがとうと返してきた。それを聞くとラナハルトはキュッと胸が締め付けられるような思いになった。見合いのリストの姫君達にはちっとも興味が湧かないけれど、セリアには会ってみたいと純粋に思った。考えてみれば、不思議なことだ。セリアはすっと溶け込むようにいつの間にか自分の心に入ってきたのだ。これまでそういう位置に居たのは、ピスナーのような長年苦楽をともにしてきた、信頼のおける同性ばかりだった。ラナハルトからすれば、女性というものは面倒で理解しがたいことが多く、一緒にいても退屈な存在だった。しかし、セリアはそうではない。話す内容も多岐に渡っていて、色々な知識を詰め込まれたラナハルトですら感心したり学んだりできる相手なのだ。しかも、人を身分で判断して媚を売ってくるような女性達と違って、セリアはラナハルトの身分や家柄について聞きもしなかった。ただ、純粋にラナハルトやピスナーとの会話が楽しくて仕方がないといった感じで、それが分かるからこそ、ラナハルトやピスナーもセリアを大切にしたいと思うのだった。
しかし、そんなことを思っている間にも日にちは無常に過ぎ、あっと言う間に「見合いたくない見合いの日」が来てしまった。
お読みいただき、どうも有難うございます!