第24話 天空塔の花嫁
アリスト王国へ移動する馬車の中から町や村を驚きの表情で眺めていたラナハルトが言う。
「すごいな……以前来た時とは見違えたな」
「ふふ、そうでしょう? 皆が頑張ってくれて、国はほぼ元通りになったわ。カトラスタのお蔭も大きいわね。これからは、更に発展させて行こうって、皆も張り切っているのよ」
「ああ、なんかそういう雰囲気が伝わってくるな……国にエネルギーが戻ったというか」
「ええ。それに、最近はペルガーも国政について有意義な意見を出してくるようになったって、ドノバン先生も知らせてくれたわ」
「あのペルガーがか? あれから少ししか経っていないが、きっかけ次第で大きく変わる者もいるのだな」
ペルガーは体調が回復するとにアリスト王国へ行き、ドノバンに付いて勉学に励んでいた。元々覚えは良いがやる気がなかっただけらしく、以前教えた時とは見違えるようだとドノバンから嬉しそうな報告が届いていたのだ。
セリアは当面の間は、アリストとカトラスタを移動しながら統治をしようと考えており、ラナハルトやカトラスタ国王もそれに同意してくれていた。両国の関係が良好で文化的にも違いがほとんどないことから、将来はカトラスタとアリストの間で共同事業として人材を育てるなど、協力して国政を支えていくことも考えている。
アリストの城へ着くと、祖父母やターナ、ドノバン、ガーラント、ペルガーといった面々が迎えてくれる。
「ガーラント、お前すっかりアリスト……いや帝国色に染まってきたな」
なぜか帝国騎士の甲冑を着て出迎えたガーラントを見てラナハルトが苦笑する。
「はい、この姿で訓練をする方が、難易度が増すのです」
「ガーラントは良い筋をしておるぞ」
「師匠の訓練のお蔭です!」
そんな様子に笑いながら、セリアは祖母に連れられて居室へと向かう。
アイーダの部屋へ入ったセリアは、そこにある物を見つけて驚きの表情を浮かべる。
「お祖母様、これは?」
「ああ、これはサリーナが帝国での婚礼の際に着たものだ。帝国から急ぎ届けさせた。アリストでのお披露目の際は、これを着ぬか?」
「いいの……?」
「もちろんだ。サリーナが生きていれば、喜んだであろう。見た所、サイズも同じくらいに見える」
壁に掛けられたその婚礼衣装は不思議な布地でできており、白いけれど角度によてはほのかにピンク色にも見える。幾重かに重ねられたスカート部分はふわっとしていて、花弁のようだった。
衣装を合わせてみると、アイーダの読み通りサイズはぴったりで、モクトも大絶賛である。
「本当にサリーナの婚礼の時とそっくりだな」
「本当に……嬉しそうに微笑む表情まで似ておる」
オスラとアイーダが口々にそう言うのを聞いて、セリアは恥ずかしさとともに喜びが湧いてくる。不思議なことにそのドレスからは、まるで両親におめでとうと言われているかのような懐かしい温もりを感じた。「これはきっと……お母様の嬉しい気持ちと、それを包み込むお父様の温もりね」セリアは、ずっと以前に篭ったであろう思念を感じたのだった。
お披露目当日、城の周りは近くまで入場を許された民衆で溢れ返っていた。子供達はどこで手に入れたのか、セリアやラナハルト、そしてチッチの人形のような物を手にしたり頭に乗せたりしてはしゃいでいる。
「まるでレナード叔父上が子供になったようだな」
「ふふ、皆そのうちレナード様のようになるかもしれませんね」
「うっ、それは勘弁だ」
ラナハルトとピスナーは、窓から見える光景を見ながら笑う。
「王子、そろそろ行きましょうか」
「そうだな」
ラナハルトとピスナーは天空塔まで来ると、ピスナーはトラスと共に地上で待ち、ラナハルトが1人天空塔の階段を上がって行く。前回ここへ来た時は、セリアへガラス玉のペンダントを渡した時だった……そんなことを思い出す。
最上階まで来たラナハルトはノックをして戸を開けた――。
窓から射しこむ光を浴びて、白くも淡いピンクにも見える繊細なドレス姿のセリアが微笑んでいる。
「ラナ……」
恥ずかしそうに微笑む姿は花の化身のようで、ラナハルトの鼓動は早鐘を打ち始める。その爆発しそうな心臓を押さえるように胸に手を当てて、すっと短く息を吸う。
「セリア……綺麗だ」
「ありがとう……」
ラナハルトはセリアの肩に優しく手を添えて窓際へ誘う。
すると、地上から天空塔を見上げていた民衆が口々に叫び出す。
「姫様だ! 天女さまぁ!」
「すごく綺麗! 王子さまも優しそうだね!」
「わしらの天女さまが天空塔の花嫁さまになられた!」
「天空塔の花嫁様、おめでとう!!」
そしてしばらくすると女性達の黄色い声が響き、子供達は突然大人に目を塞がれ何事かと頭を振る。
「セリア、ここから俺達は始まった。天空塔は俺にとっても大切な場所だ……お前の瞳に映るものを俺も守っていきたい」
そう言うと、ラナハルトは片手で優しくセリアの頬を撫でる。ラナハルトのブルーグレーの瞳が近づき、セリアの薄緑色の瞳に映る。互いの鼻が触れる寸前で目を閉じたセリアは直後、ラナハルトの柔らかい唇を感じる――。ラナハルトの心が直接流れ込んできて、セリアは全身がその温かさに包まれるのを感じた。
一瞬とは思えないほどに優しさと愛しさで心が満たされるのを感じたまま、ゆっくりと目を開いたセリアに、顔を近づけたままラナハルトが愛情あふれる眼差しで微笑む。
「これからもずっと、よろしくな、セリア」
「ええ、ずっと側にいるわ」
幸せな笑みを浮かべる2人の頭に、チッチの声が響いてくる。
……セリア、ラナ、僕も嬉しい。おめでとう!……
初めて届いたチッチの思念にラナハルトは驚き、セリアは嬉しくなる。そして、眼下の民衆の喜ぶ声や笑顔が一面に広がる光景に、セリアの胸は更に熱くなっていく――。
……みんな、ありがとう……
天空塔から放たれたその思念は、温かさと共に、その日アリスト中の民の頭に響いた――。
完
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