第21話 最後の足掻き
捕えられたキリエラは、カトラスタへ連れて来られた時には、ほとんど反応がないくらいに衰弱していた。キリエラの家の納屋から助け出された者の中に、かつてレナードの調査でも上がっていたビッグアントビーの研究者がいたが、キリエラが蜂を使って何かの実験のようなことをしていたようだということは分かったものの、ビッグアントビーの移動と関係があるのかどうかについては分からなかった。
とりあえずキリエラも捕まり、安心したセリアは久々に庭園でお茶の時間を楽しんでいた。以前も庭園でお茶をすることはあったが、前と違うのはその賑やかさである。
「おい、セリアの隣は一つしか空いていないぞ」
ラナハルトが席争いをする面々にやれやれといった顔でそう言うと、ピースが口をとがらせる。
「婚約は破棄したまえ」
「誰がするか! ……って、何してるピース!?」
「いや、もう座るのラナの上でもいいかなって」
「やめろ!」
「はぁあ~兄様とピース王子の隙間に僕の入る余地は……」
「「ないっ!!」」
「あ、じゃあ僕が姉上の隣に座るねー!」
そう言うと、リースミントがニコニコと笑顔でセリアの隣へ座る。ガーラントはなぜかトラスと並んでセリアの後ろへ護衛のように立ち、ピスナーはいつも通りにラナハルトの後ろへ立つ。そして、これまたなぜかベルナルトが美しい所作でお茶を注いでいた。
その光景を柔らかな笑顔で見ながら、セリアはベルナルトが入れてくれたお茶を飲む。「美味しいわ」そう言って、テーブルの上に運ばれてきたお茶菓子に手を伸ばした時だった――。
「姫様、ダメです!!」
突然、緊迫した声と共にハナが木陰から躍り出る。突然現れたハナに、セリアとトラス以外の者達は驚き、ピースはラナハルトの膝の上から飛び降りて警戒の体勢をとる。
「何者だ!」
「あっ、ラナ、大丈夫よ。ハナと言って私を守ってくれているの!」
「そ、そうなのか……帝国の者か。しかし、どうしたのだ?」
「恐れながら姫様、その菓子には毒が入っています」
「えっ……」
「何? 皆、動くな!」
ラナハルトがすぐに試薬で調べさせると、毒の反応が出る。
「ミル、何か見ていた?」
セリアがそう言うと、またもや木陰から今度は目がキョロリと大きい青年が出てきた。
「セリア、この者もか?」
「ええ、もう1人いるからついでに紹介しておくわね。トルも出てきて!」
トルは木の上から飛来する。
「この3人は基本的にいつも周りにいてくれていて、それぞれに特殊な能力があるの。言うのが遅くなってごめんなさい」
「すごい腕ですね……気配を完全に絶っているとは……」
ガーラントが感心したように言う。
「ミル、話してくれる?」
「菓子を毒入りのとすり替えた奴がいる。あそこに」
「えっ、どこ?」
セリアはミルが指差した茂みの辺りを見たが、誰かがいるようには見えない。するとトルがすばやく動いて何かを掴んだ。すると途端にけたたましく甲高い声が響き渡る。
「ヒ、ヒョーーーー!!」
トルはその者の深緑のマントを掴んでいたが、そのけたたましい叫び声にうっかり離しそうになる。
「な、んだ?」
皆の前に連れて来られた小柄なその者は、人間なのかを疑いたくなるような奇声を発しながら、フードの奥から目だけを爛々と赤く光らせている。皆がその異様な者が何なのか測りかねていた時、セリアの後ろで何かが動く気配がした。セリアが振り向こうとした瞬間、隣のラナハルトの剣が閃くのが見える――。
「ぐっ!」
「うがぁあ!」
絶叫が響き渡り、セリアが振り返って目にしたのは……。
「ペルガーと……ク、レマン……?」
すぐ背後では、腕から血を流し痛そうな様子のペルガーが立っており、その後ろの地面にはナイフを持った腕に複数の剣を受けてのたうち回るかつてのクラスメイト、クレマン・スートラスの姿があった。2人とも城で働く者達のような恰好をしており、何が起こったのかセリアには理解できない。
「ミル、何が起きたか見ていた?」
「地面の男が姫様をナイフで刺そうとした時、もう1人の男が間に入った。そして、王子達の剣が地面の男の腕を貫いた」
ミルの話によると、クレマンがセリアを刺そうとしたのをペルガーが守ったということが分かる。
「ペルガー、大丈夫?」
王子達がクレマンと赤い目の男を城の兵士に引き渡している間、セリアはペルガーに尋ねる。
「セリア……良かった無事で……」
それだけ言うと、ペルガーは意識を失って崩れ、すかさずトルが支えた。
カトラスタの城で丁重に介抱されたペルガーは、翌日目を覚ますとポツポツと状況を語り始めた。まだ疲れが残るその表情は、クグの町から必死で旅をして来た様子が伺える。
「ペルガー、セリアを身を挺して守ってくれた事、感謝する」
「いや、元はと言えば祖母がしでかした事ですし……」
ほっとした様子でラナハルトへそう返したペルガーは、以前とは雰囲気が違う感じがする。
「ペルガーはこれからどうするの?」
「……どこかで働こうかと……」
「そう……それなら、少しアリスト王国で働いてみない?」
「えっ」
セリアの提案にペルガーは目を見開く。
「でも、両親や妹がセリアにした事は許されない事で……僕はそれを知りもしないでのうのうと暮らしてたんだ……」
「だからこそよ。もっと自分の育った国のことを知ってみればいいんじゃないかしら?」
「国を知る……?」
「ええ、まずはドノバン先生について勉強しながら、少しずつできる仕事をすればいいわ」
「そんな機会を与えてくれるの? こんな僕に?」
「あなたの価値はあなた自身の行動で決まると思うの。だから、なりたい自分になればいいのよ」
「なりたい自分……」
そうつぶやくと、ペルガーの目から一筋の涙が流れる。
「そうだな。セリアと国政の議論が出来るくらいになるまでには、まだまだかかるだろうが、早く役に立てるよう頑張れ」
ラナハルトはそう言うと、以前と違う温かい目でペルガーを見つめる。
こうして、キリエラの長年の怨念とも言える所業は、やっと終わりを迎えたのだった。