第19話 ピースへのお願い
セリアが思念を飛ばしてしばらくすると、皆の頭の中に陽気な声が響いてきた。
……えっ、なになに? セリアちゃん戻って来てたのー? 僕はどれだけ寂しかったか! そして、これがセリアちゃんの例の能力? すごいよー! セリアちゃんの声が頭の中に響くなんて、なんて素敵なんだ~♪ もう昇天しそうだよ……
……おいっ!……
……うげっ!? 誰だい? 僕の素敵な空間を汚すのは?!……
……お前、分かってて言ってるだろ?……
……お2人とも、じゃれあっている時ではありませんよ……
……「「じゃれてない!」」……
……はは、隣国の王子同士仲が良いのはよいことだな……
……? 誰? ラナ、僕本当に分からない人がいるよ??……
……ああ、ピースは言葉を交わしたことはなかったな。セリアの祖母アイーダ殿だ……
……へぇ~セリアちゃんのお祖母様なんだ、って、ぇえっ? 本当に?……
……はは、本当だ。よろしく頼むぞナイディルの王子殿……
……はい、不束者ですが、末永くよろしくお願いいたします……
……おいっ! 何の挨拶だ?! なんか色々間違ってないか?!……
……王子、挨拶を取られましたね……
ラナハルトが無言になった所で、セリアはピースに重要なお願いを伝える。
……そういうわけでね、ナイディルからがメリー王国のクグの町へは一番近いということになって。すごく大変で危険になるかもしれないのだけれど、どうにかお願いできるかしら……
……ピース、すまない。お前に頼むのが一番だと思ったんだ……
……ふふ、セリアちゃんのお願いならね。聞かないわけにはいかないよね? ラナ、安心しなよ。君の弟君達が無事に目覚めるのを、そこで待っているといいさ……
……ありがとう、ピース王子……
……すまない……
そう言うとピースは、キリエラの実体にある呪詛の模様を消しに旅立った。メリー王国の国王一家が大陸法に違反する罪を犯して投獄され、王家の遠縁に当たる者が王位につくまで、現在メリー王国における国政の最終承認は臨時的にカトラスタが担っており、そのことがこのような迅速な協力体制を可能にしていた。
「ピース王子に全てを任せてしまったけれど、大丈夫かしら?」
「ああ、あいつはいつもはペランペランだが、やる時はやる奴だ」
「王子、それは差し引きゼロな褒め言葉ですね」
「そうか? 結構褒めたつもりだがな」
「ははは、若い者の明るさというのは良いものだな。それに比べて……何だこの曲がり果てた根性の老婆は? 老婆の風上にもおけぬ」
そう言うと、アイーダは剣の鞘で締め上げたキリエラを見下ろす。するとキリエラが苦しそうに顔を歪めながらも醜悪な顔で目をギラつかせる。
「お前に分かるはずないなぇ……叶わぬ者の無念……」
キリエラにチラリと一瞥を投げかけたアイーダがつぶやく。
「ああ、我には分からぬ。なぜお前が自らを貶めるのか。醜悪な心など誰にでもあるが、それを他者へ向けぬよう葛藤しながら生きるものであろう? その葛藤を放棄し黒く染まったお前は、自分の心を死なせたのだ」
静かにそれを聞いていたセリアが尋ねる。
「お祖母様も若かりし頃は、葛藤があったの?」
「ふふ、ああ、沢山あったな。ひたむきさで壁にぶつかっては涙したものだ。今にして思えば、一つの事へそれだけの情熱を注いでいたからこそ生じた感情と言えるな」
「その壁は消えたの?」
「いや、消えなかった。時には全てを壁に覆われた気分にもなったものだ」
「そんなことが……」
「はは、しかしな、人間いつかは壁の外へ出たくもなるものだ。自分の中の情熱が大なり小なり次の行き場を求める時が来る。その時までは気のすむまで内側から壁を叩き、泣き暮れることだ」
「お祖母様が次に情熱を注いだものって……」
「ふっ、この剣だ。他にもいくつかあるが……消えたものもあり、また現れたものもある」
そう言うと、アイーダは温かい眼差しでセリアを見つめる。
セリアはその言葉から、なぜアイーダの剣がそんなに強いのか、自分を魅了するのかが少し分かった気がした。その剣には単に技術というものだけではなく、アイーダの生き方が詰まっているのだ。
「私の情熱は……」
「ふふ、自分が注ぐだけでなく、他者から情熱を注がれる存在でいるというのもまた貴重なものだぞ。なあ、ラナハルト王子?」
突然話を振られたラナハルトの顔が赤くなる。
「ふぅ、私もそんな情熱を堂々と注いでみたいですね」
ピスナーがそうつぶやいた時、突然アイーダに組み伏せられているキリエラが悶え始めた。見ると、額の模様が消え始めている。
「ピースか? それにしても早いな!」
「この精神体の世界と、現実では時間の進みが違うのでしょうか?」
「確かにな。現実でもちょっと考え事などをするとあっという間に時が経っていることがある……そんなものか……」
キリエラの模様が消えていくにつれて黒かった靄が白に変わり、その白い靄も晴れ始める。そして、完全に靄が晴れた時、キリエラの額の模様は消え、もはや抵抗する気力もないようにぐったりとしていた。
「4人の王子の額からも模様が消えたわ!」
そう言うとセリアはピースへ思念を繋げる。
……ピース王子、どうもありがとう!……
……セリアちゃん、良かった! うまく行ったよ。屋敷も人に訊いてすぐに分かったし、キリエラも拘束したから、もう大丈夫。あと、納屋に拘束されている人がいたり、怪しい薬物も発見したから、全部回収しておくね。カトラスタで会おうね~♪……
ラナハルトが何か言おうとした時にはもう思念は切られていた。
アイーダが剣の鞘をほどくと、キリエラの身体は徐々に透明になり消えていった。そして、セリアの周りの景色も次第にぼんやりとしてくる。
「お祖母様、ありがとう」
そう言った直後、セリアはベッドの上で目覚めていた。