第15話 癒し
ラナハルトの後ろから聞こえてきた歓喜の声に、皆が振り返る。
「セリアにチッチではないか!!」
「あっ、レナード宰相!」
「セリア……ああ、本当に変わりないようだね……」
そう言って、セリアを抱きしめようとしたレナードの前にラナハルトが立ちはだかる。
「叔父上、セリアはもう私の婚約者ですから、そういった挨拶はお控えください」
「むっ、随分と生意気を言うようになったな……。まあ、いい。では、その頭の上のチッチを……」
「叔父上の頭の上には、もうチッチが乗っているではないですか」
「なに? うはぁっ……」
レナードが自分の頭の上に手を伸ばし変な声を上げる。
「……レナード宰相……それはチッチのぬいぐるみですか?」
セリアがずっと気になっていたレナードの頭の上の黄色い物体を指差すと――。
「セリア、もうそれ以上つっこんじゃいけないよ」
穏やかな笑顔を湛えたピスナーにそう言われて、セリアは「聞いてはいけないことだったんだわ。でも、私もあれが欲しいわ」と思うのだった。
セリアとチッチの存在を待ち焦がれていたレナードは、自分の頭の上のぬいぐるみと本物を交換してもらうと、キリリとした顔とほへっとした顔を交互に浮かべながら、城へと入って行く。
城へ入ると、国王夫妻も嬉しそうに出迎えてくれた。
「セリア、よく来てくれたね。自国のことも大変だろうにすまない」
「本当に……無理をしたんじゃないかしら?」
「大丈夫です。お蔭様でかなり人材も揃い、軌道に乗ってきましたから! 色々助けていただいてばかりで、何かお役に立てれば嬉しいのですけれど……」
「何でも良いのだ。その気持ちだけで嬉しい。それに我らは既に、これまでもセリアの能力に助けられてきた。今回も話を聞く限り、何か関係があるように思えてくる」
「では、父上、さっそくセリアとチッチをガーラント達の部屋へ連れて行きたいのですが」
「そうだな。疲れているようなら明日でもと思ったが、会うだけでも会ってやってくれると嬉しい」
「はい」
ガーラント達の眠る部屋へと移動する間、レナードの頭の上のチッチがセリアに思念で話しかけてくる。
……ここも空気美味しくないよ……
……そうなのね……
セリアは、チッチのみが感じているその感覚に不安を覚える。
部屋へ入ると、夢で見た通りの表情のガーラントとリースミントが、ベッドに横たわっていた。しかし、額の模様は見られない。
部屋へ入って間もなく、セリアが何も言わないうちにチッチが例の美しい声でさえずり始める。その澄んだ歌声は、部屋の隅々に行きわたり、全ての者に癒しを与えるような響きを持つ。
「なんだ、この……美しい歌は……」
レナードがそう言うと、ラナハルトも頷き、目を瞑って聞き入る。
「何か、身体が軽くなるような気がするな……」
ラナハルトがそうつぶやくと、ベッドの側にいたピスナーが声を上げる。
「皆様、王子達の身体に変化が!」
皆が覗き込むと、ガーラントとリースミントの目が瞼の下で動いているのが分かった。ガーラントの方は指も時折ピクッと動いている。
「チッチの歌声の効果なのか……」
レナードのつぶやきに、セリアはチッチへ尋ねる。
……チッチ、この歌にはどういう効果があるの?……
……うーん、森の命を生き生きさせる歌ってお母さんが言ってた……
セリアがそれを伝えると、レナードが目を輝かせる。
「すごいな、チッチにはそんな能力が……だが、これは秘密ということだな、心得た」
「はい、チッチの種族が狙われるといけないので」
ガーラント達は目を開けることはなかったが、これまで何の反応も無くなっていた状態からすると、チッチの歌声が良い影響を与えていると判断できた。
セリアはしばらく滞在して、1日に数回チッチに歌ってもらうことにした。ラナハルトは、チッチの歌声を聞くようになって良く眠れるようになったと言い、顔色が良くなったのを見て、ピスナーも安心したのだった。
セリアは今回、久々に以前使っていた部屋を使わせてもらった。初めてカトラスタに来てから使わせてもらっていたその部屋は、驚いたことにセリアが去った時のままの状態で残されていたのだ。
「はは、そのままだろう? 父上と母上もセリアが戻ってくるのを心待ちにしていたからな」
「そうなのね……うれしい……」
「おい、セリア泣いているのか?!」
慌てたラナハルトは、セリアの涙を親指でそっと拭う。
「私ね、このお城に来てからの生活がとても楽しかったの。皆が温かくて、この場所が大好き……だから、居場所を残していてもらったことが、とても嬉しくて……」
「セリア……」
ラナハルトがそっとセリアを抱きしめると、後ろで咳払いの声が聞こえてくる。
「王子、私もいるのですが……」
「空気になれ」
「無理です。じゃあ、私も抱きしめていいですか?」
「ダメだ!」
セリアをそっと離すとラナハルトがピスナーを睨む。
「ピスナー、お前最近ガツガツくるな……」
「王子が私の心を挑発しているのです」
「なんだそれは!? お前もしかして……」
「いいえ、私はお2人とも好きですから……」
「……ピスナー、来い」
近づいてきたピスナーを、ラナハルトはセリアもろとも抱きしめる。
「お前は俺の大切な友だ」
「私もよ。これからも一緒にいてね」
「ふふ、私も愛されているのですね?」
「俺の愛だけで満足してろ!」
3人はしばらくそのままで笑い合ったのだった。