第12話 急報
廊下へ出たピスナーは、カトラスタからの伝令に用件を尋ねる。
「国王陛下からで、ラナハルト王子に至急戻るようにとのことです」
「何があったのです?」
「北方の視察に赴かれていたガーラント王子とリースミント王子が病に臥せられました」
「2人同時にですか?」
「はい、どうもほぼ同時のようです。北方からレナード宰相がお2人を連れて帰られましたが、その時にはもうほとんど会話もできない状態だったそうです」
「……分かりました。至急ラナハルト王子に伝えます」
ピスナーは広間へ戻ると、すぐにラナハルトへ伝え、それを聞いたラナハルトはその場でセリアや皇帝夫妻へそのことを話し、急ぎ国へ戻ると伝える。
「セリア、俺は状況を確認しにカトラスタへ戻る。時間を見つけて森へ行くから、思念でやりとりをしよう」
「ええ、分かったわ。色々と助けてくれてどうもありがとう。ラナもくれぐれも気を付けてね!」
ラナハルトはセリアへ優しく微笑んでから皇帝夫妻へも挨拶をして部屋を去った。廊下に出ると、ラナハルトの顔つきは第1王子としての厳しいものに変わる。
「ピスナー、嫌な予感がするな。リースミントはともかく、ガーラントは俺ほどではないにしろ、毒耐性の訓練も受けているし、何より身体は昔から丈夫なやつだ。ただの風邪などとも思えぬ」
「そうですね……ともかく、レナード様はご無事でお戻りのようですから、帰ったら状況を聞いてみましょう」
セリアには皇帝夫妻という強固な後ろ盾があり、国の再建も人材が機能し始めたことから、ラナハルトは心配していなかった。ただ、愛しい婚約者と離れてしまうことに寂しさを感じてしまい、次第に遠ざかる天空塔を時々振り返りながら、喝を入れるかのように馬の速度を上げるのだった。
馬を飛ばしてカトラスタの城へ着いたのは、もうじき明け方になるという頃であった。城へ入ると、王族の住まう階の廊下に医師や薬剤師達が見える。外から、叔父のレナードの部屋に明かりがついていたのを確認していたラナハルトは、両親付きの侍従へ帰還を知らせた後、そのままピスナーを伴いレナードの部屋へとやって来た。
「叔父上、起きておいでですか? ラナハルトです」
そう言うと、ドアが開かれる。中へ入ると、疲れ切った顔のレナードが迎えた。
「ラナハルトか……よく戻った。無事か?」
「はい……叔父上の方こそ、大丈夫ですか?」
「ああ、少し疲れただけだ」
「北の地で何があったのですか?」
「ああ……」
レナードは、自分達が北のメリー王国のある地方の調査をしていたことを話し始めた。レナード達が以前から北の調査をしていることは知っていたが、ラナハルトは詳細については聞いていなかった。
「私達は最初、北方で起きているいくつかの異変について調査をしていた。以前のビッグアントビーの南下現象もそうした調査のうちの一つだったのだ。そして、他にも他国への毒物の違法売買ルートなど、調べているうちに一見関係ないようなことが、北方のある地域に集中していることがなんとなく見えてきた。そして、今回はその地域の調査をするべく動いていたのだが……そこへ到達する前にガーラントとリースミントが倒れたのだ」
「何かの病なのですか?」
「いや、それが医者の見立てでは、身体に異常はないそうなのだ。ただ、意識がない……。城へ到着した時には、呼びかけるとガーラントはうっすら目を動かすような反応を見せていたが、今はその反応すらない。リースミントはもっと前から反応しなくなっている」
「そんな……」
ラナハルトは、確実に何かが起こったに違いないのに、側に一緒にいた切れ者のレナードですら困惑しているような様子に、得体の知れない何かが近づいているような不気味さを覚える。
「叔父上、因みにその調査しようとしていた地域とはどこなのですか?」
「ああ、メリー王国の東の方にあるクグという町だ。ビッグアントビーの研究者の1人がその町に行くと言って行方が分からなくなったり、毒物の違法売買のルートを辿るとその町に行き着いたりして、何かがあると踏んでいたのだ」
「一体その町に何が……」
「以前、と言ってもラナハルトが生まれてまもなくの頃だが、そのクグの町で呪詛の類の噂が出回ったことがある。何をバカなと思ったが、あまり気持ちの良いものではないからか、観光で行くような町にもなってはいない」
「つまり、あまり情報のない町なのですね」
「ああ。その上アクセスも悪く、山を越えた先にある」
「叔父上は、本当に平気なのですか?」
「ああ、疲れてはいるが大丈夫だと思う」
その日から数日が過ぎても、ガーラントとリースミントの容体に変化はなかった。ラナハルト達の顔にも焦りの色が濃くなる。
「王子、また最近お顔の色がすぐれないように見えますが……」
「ああ、そうか? 最近あまりよく眠れないからかもしれないな」
セリア達が来てからは、元気になって安心していたが、またここへ来て以前の顔色の悪さが戻って来ているようでピスナーは心配になる。
「少し森へ行ってみませんか? セリアも心配しているかもしれませんよ?」
「……ああ、そうだな」
そう言うとラナハルトは久々にニコッと微笑んだ。