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第1話 迫りくる脅威

よろしくお願い致します。

 アリスト王国の国王一家が夕食をとる広間では、民に慕われ誠実な統治をする国王夫妻の愛を一身に受け、輝くばかりの笑顔を浮かべる10歳になったばかりのセリア姫が、喜び勇んで両親へ報告をしていた。


「お父様、お母様、お世話をしたバラがついに咲きましたの!」

「セリアは本当に動植物が好きだな。他者を思いやるのは大切なことだから、これからもその心を大切にしていきなさい」

「はい、お父様!」


 しかし、そこでセリアは、いつもならすぐに花の話題に笑顔で言葉をくれる母が、だまっているのを不思議に思った。


「……あの、お母様? どこか具合でも悪いのですか?」

「あら、ごめんなさいね。ちょっと疲れただけだと思うから大丈夫よ」


 そう言ってニッコリと笑ってくれた母の笑顔と、それを少し心配そうに優しく見守る父の顔が……セリアが思い出せる最後に見た両親の顔になるとは、その和やかな夕食の席では予想もしていなかった。


 翌朝、いつも笑顔を絶やさない側仕えのターナが、血相を変えて部屋へ飛び込んで来た。


「どうしたの、ターナ? そんなに慌てて。そんな勢いで転びでもしたら……」

「姫様、王妃様が!!」

「え……どうしたの……お母様が何?」

「今朝、珍しくなかなか起きて来られない王妃様の様子を見に行ったお側仕えが……王妃様の意識がないのを発見して……」

「え……う、そ……」

「ダメです、姫様! 王妃様の元へ来ては行けないと、王様の命が下っています!!」


 蒼白な顔で部屋の戸口へ向かおうとしたセリアをターナが鎮痛な面持ちで止める。


「嫌よ! なんで行けないの?」

「医師団の話では、流行病の可能性があるそうです」

「……お父様は?」

「王様も病が移っている可能性があると……」

「そんな!!」

「まだ症状は出ていないそうですが、念の為姫様は近づかないようにとのことです」


 昨夜のお母様の様子が少しおかしかったのはそのせいだったのだ。もっと注意していれば……。後悔とともに、側に行けないまま焦りだけが募って行く。


 午後になると、セリアの部屋に近衛兵がやってきた。


「何事ですか?」

「王弟殿下のご命令で、姫様を天空塔へお連れ致します」

「なぜ? お父様はどうしたの?」

「その……言いにくいのですが……王様は病に臥せられました」

「……そんな、お父様まで!!」


 その後のことはよく覚えていない。気づいたらセリアは、幼い頃に何度か来たことのある石造りの高くそびえる天空塔の部屋の中に居た。城の敷地の北に位置する天空塔は、幼い頃は両親に連れて来てもらうのが楽しみだった場所だ。この天空塔からは隣のカトラスタ王国の広大な森がよく見える……お父様とお母様に会いたい……そう思うと涙が流れてきた。

 部屋の扉は外から鍵がかけられているのが分かり、実質捕らわれたような状態だと感じた時、なんかひどく怖い気持ちになった。それから数日、入れ替わり立ち代わり違う召使いが食事を運んできたが、両親の様子を聞いても誰も教えてくれなかった。




 それから1ヶ月ほど経った頃、セリアの良く知った顔が扉を開けて現れた。


「姫様! ああ、お可哀想な姫様!」

「ターナ!!」


 ターナに飛びつくとしばらくの間そのまま、再会に安心した気持ちを噛みしめる。この1ヶ月という間、終着点のない思考を延々と繰り返し、その度に焦りや悲しみに耐えたセリアは、ターナが話してくれるであろうことを落ち着いて聞こうという覚悟ができていた。元々、王女としての振る舞いを生まれた頃から自然に身に着けるよう教育されてきたセリアだからこそ持ち合わせた自制心は、10歳の子のそれとは思えないほどに大人びたものだった。


「それで、ターナ……何があったか話してくれる?」

「はい……はい、姫様……でも……」

「いいのよ。私のことは気にせずに、ちゃんと話してほしいの」

「はい、では申し上げます。王様と王妃様は病魔と闘われましたが……残念ながら……」

「そう、そうなのね……」


 1ヶ月音沙汰がないことから予想はしていた。お父様が健在なら、ここに閉じ込めておくままのはずがないのだから……でも、どこかでもしかしたらまだ闘病中で来られないのかも、という希望にすがりたい自分がいた。

 思わず嗚咽のように咽び泣くセリアをターナが抱きしめ、同じように声を上げて泣いてくれる。


「姫様、1ヶ月も来られず、やっとお会いできた時がこんな報告になってしまって……申し訳ありません」

「ターナ、いいのよ。こうやって一緒に悲しんでくれるだけで……」


 しばらく、泣き止んではまた泣いてを繰り返したが、少し落ち着くとターナに尋ねる。


「私はここから出られるのかしら?」

「それが……まだダメなのだそうです……王弟殿下がそう仰せで」


 ターナが暗い顔をしてそう言うことで、何か事情があることを悟った。


「そう、分かったわ。ターナを困らせたくないし、それに……もうここを出ても……会えないから」


 また涙が出てきそうになるのをぐっと堪えると、心配そうな顔をするターナに「もう行って」と笑顔で告げた。


 窓から広大に広がる隣国カトラスタ王国の森を眺めると、少し心が和らぐ気がした。周りの環境が変わり、何が起こっているのか情報も入ってこない中で、この窓から見える森だけは変わらずそこにあり、その悠然とした姿と穏やかに吹く風だけが、セリアにとって普遍で懐かしいと思える景色だった。森しか見えないことが、今はかえって安らぎを与えてくれる。


 しかし、その時セリアはまだ気づいていなかったのだ。それが、これから先まだまだ続くこの天空塔での捕らわれの生活の始まりに過ぎないことを。



 それからは、ひたすら同じ日常の繰り返しだった。天空塔の最上階に作られたこの部屋は広さはそこそこあり、円形の石造りの部屋の中を走ることくらいはできる。しかし、食事を持って来る者以外部屋に来る者はなく、ターナ以外の者はセリアと口を聞こうとしなかったので、セリアは暇を持て余していた。ターナに頼んで、持って来てもらった本や雑誌や新聞を読むことが、唯一楽しめることとなっていた。


お読みいただき、どうも有り難うございます!

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