2年越しの終戦
戦闘は15日程で終結して、台湾は日本の統治下におかれる事になった。沖田も、厳龍の狭いガンルームで、倉沢少佐や井浦少佐に戸村先任曹長を交えて、祝勝会のようなものを開いていた。何も飲み食いする物はないが……。
「みんなのお蔭で、どうやら我が方の勝利だ。」
「これでアメリカ軍も参ってくれましたかね?」
「さすがにこれだけコテンパンにやれば、大丈夫だろ?」
「兵器の良さも去ることながら、乗員の熟練度向上も目を見張るものがありました。」
「それは、確かに感じた。まぁ、日本がこれからどうなるかは、分からん。」
「それは、自分達が何処へ向かうか、という意味ですか?」
「きっと、俺達はずーっと日本海軍所属ですよ。」
「みんなの言う通りだ。まぁ、これで、戦況は落ち着くはずだ。」
「外交官のミスで始まった戦だからな。」
「終わり方くらい上手くやってくれないとな。」
「戦争は始めるのは簡単だけど、終わらせる方が何倍も難しいって言いますもんね。」
「その通りだ。始めた戦をどう終らせるか。」
「それが指揮官たる者のやるべき事ですよね?」
「大本営のエリートどもに聞かせてやりたいワードですね。」
「厳龍の活躍は、連合艦隊二個分位ですか?」
「それは、ちょっと過大評価過ぎると思うが。」
「あながち間違っていませんよ。物凄い数の艦船を沈めてますからね。」
「言い過ぎではないかもしれませんよ。」
「明日は何処かの海じゃなく、呉基地で向かえたいですね。」
4人の話は永遠のように続いた。無能な大本営の参謀供への皮肉や、アメリカやイギリスへの皮肉まであった。まるで厳龍でのバカ騒ぎが、外交官に伝わったかの様に、後日、日本とアメリカの戦争が終結するような方向で、調整された。
マサチューセッツ州ボストンで交渉していた、日本とアメリカの外交交渉は成功し、両国は終戦協定に調印した。
1947年8月15日、秘密裏に行われていたアメリカとの講和もついに成立した。二年遅れての終戦も、日本にとっては大きな痛み分けとなったてあろう。




