欧州戦略のキーパーソン駐仏大使権藤栄作の正体
佐藤艦長に同行し、フランス大統領カリベルトの通訳として派遣された駐仏大使権藤栄作の正体は、単に田中総理の秘蔵っ子と言う単純なものではなかった。権藤は実は元日本の対欧州戦略の要である外務省の特別諮問機関ユーロファイターと言う組織の幹部であった。表向きはただの外交官だが、ユーロファイターと言う組織は、欧州における日本の諜報活動を取り仕切るスパイ軍団であり、防衛省とのパイプもある筋金入りの工作員であった。ユーロファイターの外交官は、外務省の中でもエリート中のエリートであり、外交官としての腕は卓越したものがあった。厳しい軍事訓練がユーロファイター職員には義務付けられ、拳銃やサバイバルナイフを常に携帯し、そんじょそこらの自衛官等目ではない高い戦闘能力を持っている。権藤栄作は駐仏大使になってまだ1年。それまでは、ウクライナでロシア軍特殊部隊スペツナズに同行し、戦場の最前線でユーロファイター職員の戦闘訓練に当たっていた筋金入りの殺し屋だった。ユーロファイターを立ち上げたのは、田中恵理総理の政治的母体組織である日本共和党の重鎮である麻生直哉元官房長官だ。欧州での日本の諜報活動の脆弱性を知っていた麻生は官房長官時代の苦い経験から、政治活動を勇退する直前にユーロファイターの本部を、永世中立国スイスに置き、5年の歳月を経て今や欧州政治の裏社会全域に影響力のある組織に育て上げた。たまたまフランス語が専門だった権藤栄作は、ウクライナで死にかけたが、それを機に駐仏大使に配置換えを命じられ、田中総理と麻生直哉元官房長官の肝入りで、佐藤艦長に同行し、カリベルト仏大統領の取り込みに全力を尽くす事になった訳である。
「佐藤二佐?黙っていたが、そう言う訳だから自分の身は自分で守れる。余計なお世話かもしれないが、サブマリナーの格闘能力がいかほどなものかは把握している。いざと言う時の護衛なら任せてくれ!」
「それは心強い。サブマリナーは、魚雷の扱いには慣れていますが、そっちの方(徒手格闘)はどうも疎くてなまっていますから。いざと言う時は、よろしくお願いします。」
と、互いの正体が知れた所で、ロシア空軍の輸送機Y−S66が待機するモスクワ近郊の露軍基地に到着した。佐藤二佐の卓越したロシア語でなんなくパリまで到達した対仏大使権藤栄作と護衛の佐藤二佐ら海上自衛官5名は、カリベルト仏大統領が待つパリ郊外の大統領自宅に招かれ、フランス政府専用機で向かった。田中総理の特使と言う事もあり、特別待遇で歓待された。
「ようこそフランスへ。ささ、まずはワインやフランス料理なんかを口にしながら議題を進めましょう。」
佐藤二佐は、この歓待ぶりに違和感を感じたが、これはひょっとして日本側に案外簡単についてくれるのではないかと、直感した。後は段取り良く、駐仏大使権藤栄作に任せておけば大丈夫だと思えた。が、カリベルト仏大統領は、思わぬ条件を佐藤二佐達に突き付けて来た。ユーロファイターを対英戦争遂行の為に活用させてくれ。さもなければ、日仏の同盟締結には賛同しかねるとの事だった。勿論、即答しかねるレベルの話だったが、権藤が機転を利かして、対英戦争遂行にユーロファイターの人員を割く事を即決してしまう。これには佐藤二佐も驚いたが、流石は幾度もの死線を掻い潜って生き抜いてきただけの事はあるなと、感心した。
「我々フランスとしては、地政学的な観点から英国との軍事同盟を重視していたが、肝心の英国が日露同盟に反対の立場を表明している以上、それは徒労に終わりそうだ。米国にはNATO脱退の意向を伝え、日露同盟にフランスも加えさせて頂きたい。と、親愛なる田中総理に伝えてくれ。日仏露軍が協力すれば、絶対に米英に勝てると私は見ている。これ以上米国を調子に乗らせるのは、一フランス人として我慢がならん。フランスがNATOを脱退すれば、他の欧州各国も雪崩方式で賛同し、NATOは事実上消滅するだろう。」
フランス大統領カリベルトは、意外と話の分かる人物であった。佐藤二佐と権藤栄作駐仏大使の活躍により、フランスと言う欧州の大国を陣営に引き入れる事に成功した日本とロシアは、まず米国の最大の同盟国であり、世界的に影響力のある英国を攻略する為、露仏聯合艦隊司令長官として、ロシア海軍潜水艦隊司令のポルシェニコフ大佐の叔父に当たるエフゲニー・ニコライ上級大将をサージ露大統領が任命した。日本の海上自衛隊からも長谷川正樹海将補が対欧州用艦隊として、編成された最新鋭FFM(もがみ型護衛艦)とロシア海軍大西洋艦隊の原子力潜水艦で、現在ロシア海軍が保有する最強クラスの核戦力である、原子力魚雷ポセイドンの発射が可能な潜水母艦ハバロフスク(原子力潜水艦)と、フランス海軍の原子力潜水艦ル・トリオンファン級、そして旗艦としてフランス海軍の原子力空母シャルル・ド・ゴールからなる強力な空母打撃群が編成され、その英国潰しの本気度は最高潮に達していた。これほどの戦力は、欧州に展開している米国海軍大西洋艦隊の有する戦力を上回る規模のレベルの物であった。これを受けて英国海軍は急遽米国に派遣予定だった正規空母クイーンエリザベス級の英国本土への帰還を命じ、英国海軍が保有する全ての核戦力であるヴァリアント級原子力潜水艦4隻のうち3隻をクイーンエリザベス級空母打撃群に編入。保有する他の原子力潜水艦や多数のフリゲート艦を24時間体制で、英国沖に展開し、非常事態に備えた。英国海軍側の司令官は、スナイダー英国首相とキングジョージ3世国王からの厚い信頼を得ているスチュアート英国海軍大将が直接就いた。スチュアート大将は、キングジョージ3世国王陛下に対して、こう述べた。
「英国海軍の総力を結集しても、日仏露連合軍の戦力の方が上を行っています。国王陛下から米国大統領マクドナルド閣下に直接米国の援軍要請を行って頂けるとありがたいです。」
「スチュアート大将?それほどまでに事態は深刻なのか?」
「はい陛下。残念ながらフランスとの軍事同盟締結は叶いませんでした。フランスのNATO脱退は事実上のNATO解散状態に近いものがあります。実際、既にスペイン、ドイツ、イタリア、ポルトガル、スウェーデン、ノルウェー等のNATO加盟国が脱退を表明し、フランスの動きに同調しています。」
「米英はまるで悪の帝国扱いだな?」
「そうなんです陛下。幸いな事にアフリカや中東地域はまだ、米国の支配下にあり絶望的な状態にはありませんが、米国が万が一英国を見捨てる様な事にでもなれば、それこそ一環の終りです。ヴァリアント級原子力潜水艦の核戦力を使用してでも、日仏露軍の進軍を止める必要があると、英国海軍は考えています。」
「スチュアート大将?そんな事を私が許可するはずがないだろ?それに英国沖に展開している日仏露軍の艦隊は、その何倍もの核戦力を持っているのではないか?」
「その通りであります。」
英国は、窮地に立たされていた。米国としては援軍を出したいのは山々だったが、日本の自衛隊に原子力空母ニミッツを撃破されたトラウマが、鮮明に記憶された今となっては、米国本土防衛に空母打撃群を割きたい気持ちが先行していた。
「スミス大将?何か策は無いのか?」
マクドナルド米国大統領は、藁にも縋る思いで米国海軍の最高指揮官に空母打撃群派遣以外の秘策を練るよう指示を出したが、スミス大将は原子力潜水艦10隻を英国沖に派遣する事と言う、場当たり的な対応しか思いつかなかった。それくらい、米英の同盟関係は希薄なものに成り下がっていた。残念ながら日仏露軍の連合艦隊は、米国海軍の原子力潜水艦10隻程度で止められる程の戦力では無かった。




