日の当たらない場所
4人の幹部の同時昇進に、厳龍乗員は大いに喜んだ。同階級の者の中には、大手を振って喜べない者もいたが、昇進した4人が身を粉にしてやっていた事も分かっていた。
日本海軍としては、厳龍乗員65名全員の昇進も考えられたが、それは内密に行われた。厳龍という存在を、あくまで非公式のモノとしておきたい、という海軍の見え透いた目論見が分かる。
戦後まもなくして、誰もが知りたがる、なぜ?という疑問の蓋を開けるには時期尚早だった。
雨宮二等兵と石川伍長は、当直士官の相田中尉と共に厳龍発令所にいた。発令所は、水上艦艇で言うところのCIC (コンバット インフォメーション センター)にあたる。
「下っ端は、いつまで下っ端を続ければ良いのでしょうか?」
「始まったよ。雨宮二等兵のいつまで作戦が。相田中尉のお手並み拝見だな。」
「こら!石川伍長。そんな言い方をしてはトゲが、あるだろう。」
「中尉どの、それは私をフォローしてくれているんですか?」
「残念ながら、新しい人員が入って来る見込みはないからな…。」
「それは、そうなんだが、どうやら日本海軍は新体制で行くみたいだぞ。」
「それが、自分の昇進と何の関係があるのでしょうか?」
「相変わらず、勘の鈍い奴だな。編制が変わるって事は、昇進待遇になるかもよ?」
「人事異動は確かにあるだろうな。だが、厳龍は変わらんだろう。」
「人事異動されて困るのは大本営だと分かってるからな。艦長が許さないだろ。」
「徹底した秘密主義が、厳龍の身を守っているんだよな。」
「何も知らない下っ端を厳龍に投入するのは、確かに浮世離れしているな。」
「とにかく今は与えられた任務をきちんとこなすだけです。」
「少しは成長したみたいだな。まぁ、手足がなくちゃ厳龍も動かないからさ。」
「そういう事。今は階級どうのこうのより、もとの世界に戻る為に何をするかだ。」
「一所懸命って所ですかね?」
「そういう心構えだ。気が抜けている国民を尻目に影でな。」
「日の当たらない場所で仕事をする人も、世の中には必要だぞ。」
どんなに平和そうに見えても、備えあれば憂いなし。という状況を作っておく事が、軍人には求められるのである。




