9発目
孫市が出したのは、アジフライ定食だ。
この異世界では地球ほど食事の文化が発展していない。それこそ、料理が趣味の高校生がうろ覚えの知識で披露した料理が、流行を席巻するほどに。そんな中で、ソースのような複雑な調味料と、それが合う料理は貴重だ。探せば手に入らないこともないだろうが、高級なのは間違いないだろう。
そんなアジフライ定食の必要マナポイントは、なんと1人前でたったの3ポイント。お得である。なお、ゴブリンの命の値段と比較してはいけない。
3人の前に、膳が並べられた。
大皿には、山盛りのキャベツに重ねるように、アジフライが2尾。冷ややっこにモヤシと刻み葱がどっさり積まれた小鉢。ナスの味噌汁と、三色なます和え。調味料皿には、たっぷりのソースとマヨネーズ、大根おろしが乗っている。それと、山盛りの白飯。
「ふわあああ」
シェリルが目を輝かせた。どんな料理かも知らないだろうが、食欲をそそる匂いというのは文化の壁を越える。
「では遠慮せず食うがよい」
孫市とスクナの膳には箸がついているが、スクナの膳にはスプーンとフォークが一体になったような食器がついている。それぞれ食べる人の文化に合わせた食器がついてくるようだ。便利すぎる機能である。
「いただきます」の言葉もなく、孫市はわしわしと食べ始めた。
「いただきます」という言葉の歴史は浅いという説がある。少なくとも、孫市が育った時代には存在しない言葉だった。
それに、彼にとって他の命を食らうというのは当然の行いである。改めて口に出す必要もないのだろう。
「これにはの、この黒い液体をつけて食べるのじゃ。ソースというんじゃがの」
「こ、こうですか?」
「そうじゃ。あんまり付けると塩辛いからの」
「塩辛いんですか……!」
シェリルはますます目を輝かせた。
塩は安定して流通しているが、それでもなお安価ではない。もちろん市民は当たり前のように使っているが、奴隷の食事にはほとんど使われていない。
彼女は生まれついての奴隷ではない。ドワーフの里が戦争で負けるまでは、職人の家の娘だった。
ドワーフは大酒飲みで、味の濃い食べ物を好む人種でもある。彼女にとっての家庭の味は、酒のアテになるような濃い味の食べ物だ。
たっぷりとソースがついたアジフライを口に入れ、咀嚼した途端。
「……!」
シェリルの目から、涙がこぼれた。
懐かしい味ではない。しかし。さっくりと揚げられた食感の良さ、魚の旨み、ソースのしっかりとした味、なにより温かな食事であること。それらが、彼女に自分が「人間」に戻れたことを教えてくれたのだ。
「美味いかの?」
スクナが慈しみのこもった目で見守る。シェリルはコクコクと何度も頷き、目も頬も真っ赤にしながら頬張った。
――奴隷制を否定するわけではないが、不憫じゃの。
スクナの顔に翳りが出来る。それを、あぐらをかきながら真っすぐに背筋を伸ばし、飯を掻き込む孫市が眺めていた。
あまり好きではないのか、押し付けるようになます和えの小鉢をシェリルの膳に載せ、孫市は味噌汁をぐいと飲み干す。
「迷うか?」
馬鹿にする気配の一切ない、純粋な質問が孫市から放たれた。スクナの箸がぴたりと止まる。
孫市はダンジョンブックを触り、徳利に入った酒と小ぶりな杯を手元に召喚した。
「おう、シェリルとやら。酌をしろ」
「は、はい」
慌てて食事を飲み込んだシェリルが、目元をぐいと腕で拭って、孫市の手の中の盃に酒を注ぐ。
「スクナ。人の目線と、将の目線は違う。然らば、神の目線もまた違うものなのだろう。人には神の目線は得られぬし、神には人の目線は得られぬ。そして、どちらが正しいかと言えば、神の目の方が正しい。最もこれは儂が将だからそう思うのかもしれんがな」
孫市は酒を一口含んだ。
「国を守るためには兵が死ぬのはやむを得ん。ならば、世界を守るためには、もっと死なねばならないのだろうな。それを飲み込める非情さこそが、神に必要なものだったのであろう」
誰しも、自分の目線と同じ高さにあるものしか理解できない。
持っている目線が低ければ、目の前にあるものしか、そして狭い範囲しか見ることが出来ないだろう。より最近のことばかり、より近しい距離のものばかり。それだけが目に入り、それだけが大切な守るべきものになる。
逆にその目線が高ければ、足元にあるものを見ることができなくなる。高層ビルから見下ろしたら、人間一人一人の区別がつかなくなるのと同じこと。
そしてスクナは。
「神でありながら、人間の目線を手に入れたのだ。見えていたものが見えなくなり、見えなかったものが見えるようになった。迷って当然であろうよ」
ずいと突き出された盃に、またシェリルが注いだ。
スクナは顔を俯かせ、ぽつりとその弱さを吐き出す。
「迷っても、いいんじゃろうか」
「悪い理由がない」
「世界に、あまねく命に責任があるのじゃぞ。万物等しく、我の子じゃぞ。命を、魂を、その行く末を、我は背負わねばならないのじゃ」
そこにいたのは、人という身を得たからこそ。肩にかかる重圧に苦しんでいる1人の女の子だった。
体は幼女でその中身は神という、ちぐはぐさが彼女を揺るがす。その不均衡を、孫市の言葉が斬りにかかる。
「何をほざく、童の癖に」
神であるスクナを、孫市はただの子どもだと言い切った。
「神の目線とやらは、儂が引き受けてやる。転生者を潰し、地図を塗り替え、天下に新たな秩序を引いてやろう。生かすも斬るも儂が決めてやる。神であったスクナのやり方は儂が継ぐ。故に」
カンッ。盃が置かれた。
「――スクナは人の目線でいろ。目の前のものを哀れみ、慈しめ。これより、非道は儂の領地だ」
俯いたスクナの肩が震える。
「領地、か……」
膝の上できつく握られた柔らかな手に、雫が落ちた。
「約束じゃもんな。領地を与えると」
「違えるでないぞ?」
「当たり前じゃ」
孫市は立ち上がり、少女2人を置いて茶室を出た。
――立場は違えど、辛い目にあった者同士。分かり合うことも多いだろう。
孫市は寝室に入り、ダンジョンブックを広げた。スクナには話していないが、彼にとって面白い発見もあったのだ。
名前 雑賀孫市
種族 人間種
年齢 61
性別 男
レベル 22
<状態>
健康
<スキル>
・成長強化10
・誘惑10
・偽装10
・連携3(+7)
・身体強化2(+3)
・剣術2(+5)
・槍術2(+5)
・格闘術3(+6)
・威圧1(+7)
・統率1(+8)
・隠密1(+2)
<マナポイント>
1148
まずは孫市自身について書かれたページである。内容が大幅に変化していた。レベルの大幅な上昇やスキルが増えているのはもちろんのこと、それ以外にも変化が起きている部分がある。それは、スキルの数字の横についているプラス数字だ。
そこに触れると、説明が出てきた。
『隠しスキル:スキル習得以前に獲得していた技能。もしくは血統にあるが発現していない技能。経験によるスキルの習得により、数値に加算される。また、遺伝系スキルを所有していた場合、子孫に発現する』
どうやら、転生する前に孫市が持っていた技能がスキル化されたようだ。それにしても強化の幅が大きい。連携などはもともと2しかなかったのが、経験で1上昇しただけで10になった。
――自分にないものをスキルでとって正解だったか。
成長強化、偽装、誘惑の能力は、孫市自身は自分にはない能力だと思っていたものだ。これが功を奏した形になった。
孫市はなんとなく髭を撫でながら眺める。
「遺伝系、か」
ゴブリンに相性がいい要素だろう。第2世代のゴブリンが誕生すれば、孫市に隠されたスキルが明らかになる。
自身の能力が判明するのが楽しみになったのか、彼は口元を凶悪に歪めた。




