8発目
ダンジョンのボス部屋に冒険者たちを連れ帰った孫市たち。
スクナがシェリルの手を引き、家に招いた。
「まずは風呂にでも入り、くつろぐといいのじゃ」
「あの、冒険者の人たちは」
スクナよりわずかばかり小柄なシェリルが、見上げながら訊ねる。その眼には、想像通りであって欲しくないという、否定的な希望が含まれていた。
しかし。
「忘れてしまった方がいいと思うの。哀れなことじゃ」
彼女たちの背後には、なけなしの力で抵抗しようとするジョッターと、彼をうつ伏せに組み敷く孫市の姿。
「やめろ、俺たちが何をしたっていうんだ」
「儂の目に入った」
髪の毛を鷲掴みにし、ぐいと引っ張って喉笛をあらわにする。そこに、斥候が持っていた短剣が押し付けられた。
「みんな、ううぅ」
ジョッターの目から悔し涙がこぼれた。
スクナはシェリルの耳を小さな両手で塞ぎながら、自分に言い聞かせるように呟く。
「聞くな。見るでない」
孫市の「収穫」はしばらく続いた。
先に自己紹介でもしていたのだろう。風呂を浴びてすっきりした様子で茶室に入ってきた孫市が見たのは、寝そべっているスクナと、ガチガチにかしこまっているシェリルだった。
「終わったかの?」
「ああ、終わった。思っていたほどのマナポイントにはならなかったが、まあ悪くはないだろう」
「幾つになったんじゃ?」
「1161ポイントだな。多くはないが、これで当面の勢力強化に支障は出ないであろうよ。もちろん、食うに困ることはあるまい」
「そうじゃの。中堅冒険者であればそのくらいじゃろう」
ダンジョン内で生き物が死ぬたびに手に入るマナポイント。これには明確な基準がある。それは、生き物が持っていたスキルを得るのに必要なポイントの1割だ。つまり、スキルを一切持たない微生物がいくら死んだところで、ポイントにはならない。ある程度の力を持つ存在というのが、必要な条件だ。
孫市が自身を強化するのに使ったポイントが9000程度だったことを考えれば、ジョッターのパーティーが持っていたスキルの総合力は、孫市を上回っていたと言えるだろう。
「銭もだいぶ持っていたようだな。これを見て欲しい。いかほどの価値か、あまり分らぬものでな」
懐から出した布袋から、じゃらじゃらと中身をぶちまけた。色とりどりの貨幣だけでなく、宝石のようなものも含まれている。
スクナは感心したような表情を浮かべた。
「これは中々の価値じゃぞ。あの冒険者ら、なかなか稼いでいたようじゃの」
金色の硬貨が15枚、銀色の大ぶりな硬貨が21枚に、銀色の小さな板が40枚。それらを積み上げながら、スクナが説明する。
「この大陸で流通している貨幣は、どれも共通じゃの。国が生まれては滅ぼされ、同じ街であっても支配者が何度も何度も変わる世の中じゃ。国が発行する通貨の信用がなくなり、商業ギルドが管理する通貨をすべての国で使うようになったのじゃ」
「地球でもあったことだな。銭の価値を保証する力がなければ、外国の銭を使うことになったり、藩札や軍票での取引を商人に拒まれ、現物でする交換の契約書や手形を、銭の代わりに使うことになる」
現代の日本のような、経済的に安定した国の人間には馴染みのない感覚かもしれない。
今手元にあるお金が、明日には使えなくなるかもしれない。明日から使うお金が、明後日には使えなくなるかもしれない。そんな状況では、お金で物や労働力を売り買いしたい人間はいないだろう。
となると、塩や米などで物々交換するようになる。しかし、いちいちそんなやり取りをしていては面倒くさい。そこで、「〇〇さんにこの契約書をもっていけば、米を10キロもらえる」といった契約書自体が価値を持ち、お金として流通するようになるのだ。
「そういうことじゃ。で、まず覚えておくべきがこれじゃの」
スクナが手に取ったのは、小さな銀色の板。携帯電話のシムカードに似たサイズ感と形をしている。
「ちび銀と呼ばれているやつじゃの。通貨の単位で言うなら、1ゴールドじゃ」
「ふむ、それでは大した価値はないんじゃないか?」
「そんなことはないのじゃ。これ1枚でだいたい大人の1食分にかかるお金と同じくらいするの。日本で例えるなら500円といったところじゃの。大きい銀貨はその20倍の価値で、1万円くらいといったところ。金貨は20万円ってところじゃな」
「6460ゴールド、323万円分か。持ち歩くにはちと多い金額か?」
6人ということを考えても、1人頭50万円くらいになる。
「それだけじゃないのじゃ。ちぃとすぐに価値がわかるものではないのじゃが、持ち歩ける資産として宝石もあるからの。冒険者は旅をすることが多いのと、急に武器や医薬品など大きな買い物をすることがあるからの。資産は全て持ち歩く者が多いのじゃ」
「道理であるな」
武器や医薬品というのは金食い虫だ。
特に、何もかも手作業で作られている場所だと価値は跳ね上がる。金属を掘り出すのも手作業、精錬するのも手作業、鍛えて形を作り出すのも手作業。かかる労力や技術は計り知れない。
さらには、これらは消耗品なのだ。冒険者は稼げる仕事でもあるが、出費の多い仕事でもある。
それに、依頼をこなすための専用の装備だって必要になる。草刈り鎌で道を切り開くとか、湿地を歩き回るために防水の長靴が必要になるだとか。
それらを現地で調達したり、他の冒険者との取引で手に入れることを考えると、常に現金が必要になるのだろう。
「お陰様でゴブリン共に持たせる装備が揃うというものよ。先ほどダンジョンブックを確認したところ、全てのゴブリンが懐妊していた。生まれた仔らが育てば、いい戦力になる。転生者を狩れるようになる日も遠くないであろうよ」
「うーむ……うむ」
スクナは微妙な顔をした。転生者を倒すという面で協力的なのは助かるが、それ以上に世界を乱す脅威を生んでいる気がしてならなかったのだ。
沖縄でハブを駆除しようとマングースを放し飼いにしてみたら、ヤンバルクイナが絶滅の危機に瀕した、というのと同じようなことが起きているのではないか、と。
そんなスクナの不安をよそに、孫市は立ち上がると上機嫌に言う。
「それでは飯にいたそう。ポイントに余裕が出来たからな、少しは美味いものを用意できるだろう。牛の肉でもどうだ?」
「牛肉、ですか」
シェリルが少しばかり青い顔をした。
「儂も昔は牛を食わなかったものだがな、悪いものではないぞ。不浄なぞ気にして貧しい食事をし、心まで貧しくなる方が御仏の心に背くものであろう」
その結果が人殺しなのだから、この男は結局のところ、仏の道に背いているのだが。それに、そもそもシェリルに仏だなんだと言っても通じない。彼女にとっての神は、目の前にいるスクナだけなのだから。
「う、うーん。たぶん、人死にがあった日に肉を食うのが嫌なんじゃと思うぞ?」
「何故!?」
「なにゆえっじゃないじゃろ。普通は嫌なものなのじゃ」
スクナの言葉に、シェリルは高速で首を上下に振った。
「うーむ、仕方あるまいか。ならば魚にするか」
わかったようなわからないような顔をし、孫市はダンジョンブックを取り出した。
孫市さんがこんな人ですいません