4発目
「ゴブリンじゃと!?」
スクナは勢いよく体を起こした。
「ああ、ゴブリンだ」
孫市は頷き返した。
ゴブリンとは、身長140センチ程度の小鬼である。見た目は醜悪で、知能は獣よりは高いが人間よりはずっと低い。筋力も猿のように強いが、四足歩行の獣型の魔物がもつパワーには及ばない。
なにより、二足歩行の魔物に上位互換の戦闘力を持つものがたくさんいるのだ。
「キモいし、雑魚雑魚の雑魚じゃぞ!?」
「ああ、そうだ。だが、使える。むしろこいつしか選択肢はないくらいだ」
孫市はゴブリンの説明欄の一部を指さし、スクナに見せた。
特性
・繁殖補正
繁殖相手がおおよそ二足歩行の生物であれば、雄・雌ともに繁殖相手にすることができる。
・遺伝強化
親が持つステータスの弱体化されたものが、子に受け継がれる。
スクナが顎に手をやる。
「目の付け所は悪くないがの。おおかた、強い種族とゴブリンを交わらせれば、強いゴブリンを量産できると思うたのじゃろ。しかし、ゴブリンと交わってくれる魔物などほぼおらんぞ。なにせキモいからの」
ゴブリンはむしろ他種族と交わることで強くなるため、野生環境では、雌を捕まえて犯そうとする。それゆえ、知性の有る二足歩行の種族からは、蛇蝎のごとく嫌われているのだ。
「大丈夫だ。ひとまず、ゴブリンの雌を10匹くらい召喚してみよう」
「家は嫌じゃ、外に出してくれ」
「うむ、承知した」
草原になっている部分を指定して、ゴブリン10匹を呼び出した。
「これで残りのマナポイントは9,150だな」
使用したマナポイントのうち、800ポイントがダンジョンの生成に使われたもので、残りの50ポイントがゴブリンに使われたものだ。1匹あたり5ポイント。それがゴブリンの値段だ。
「で、儂が使っていた長巻を買い戻すのに1,000マナポイントを使う」
「まあ、愛用の武器が手元にないと不安じゃろうしのう」
なんとダンジョンブックでは武器まで購入することができる。魔物に持たせるときに、大量の武具が必要になるからだろうか。とにかく便利な道具である。
孫市の手元に、愛用の長巻が召喚された。ちょっとだけ鞘から抜いて刀身を確認してみる。
「うむ、いい状態だな」
地球に置いてきた長巻は、孫市自身の血脂を浴びているはず。しかし、今まさに手元にある刀身には曇りひとつない。
――もしかすると、同一のつくりをしたコピーを召喚しているのかもしれんな。
孫市はそんなことを考えながら、刃をしまった。
「火縄銃は買わんのか。おぬしと言えば火縄銃じゃろう」
スクナが不思議そうに言った。
雑賀衆といえば、戦国時代には珍しい、火縄銃で武装した鉄砲集団だ。武将ですら確保に苦心した火縄銃を、地侍で傭兵という身ながら、大量に揃えて運用したことで知られている。
孫市の返事は、小さな笑いだった。
「まだいらぬよ。マナポイントは有限故、貯まってから銃は買わせてもらおう」
「ぬ。ならば何に使うのじゃ?」
「こうする」
孫市は自身のステータスを表示すると、スキルの獲得に大量のポイントを一気に注ぎ込んだ。
「なぁっ!?」
スクナは口をあんぐりと開ける。
孫市本人に大量のスキルが与えられていった。そうして出来上がったステータスが。
名前 雑賀孫市
種族 人間種
年齢 61
性別 男
レベル 0
<状態>
健康
<スキル>
・成長強化10
・誘惑10
・偽装10
・連携2
<マナポイント>
10
これである。
スクナの顔が真っ赤になり、肩をぶるぶると震わせた。
「こ、こんの、馬鹿もん! ダンジョンマスターが自分自身を強くする必要なんて無いと言うたじゃろうが! いかに強力な魔物を揃えるかが肝心なんじゃぞ!?」
「承知しておる」
対照的な様子で、孫市はしれっと答えた。
「それで、だ」
「なんじゃ。もうドラゴンも呼べぬというのに、どうやって転生者を倒すのじゃ」
「儂がゴブリンと子を作る」
ぶふぉっ。スクナが吹いた。
「ゲホッゲホッゴホッ。正気か?」
ドン引きした目を向ける。
ゴブリンのルックスは最悪だ。緑の肌、筋張った体つき、やけに長い手足なんていうのは、まだいい。ぎょろりと大きく左右に離れた目、黄色い乱杭歯の大きすぎる口、出っ張った額と顎。それに禿げた頭と小さなツノ。
野生のゴブリンは悪臭という点でも有名だ。ゴブリンが巣を作った洞窟は、ドブよりひどい臭いがする。
「正気だとも」
「いや、それこそゴブリンに犯された女は正気を失うくらいじゃよ? 今は正気でも、正気失っちゃうかもしれんぞ?」
「暗くしておけば問題なかろう」
「小っちゃいしゴツゴツしとるぞ?」
「戦国時代の栄養失調の女なぞ皆だいたいそんな感じだ」
「さすがに失礼じゃろ。まあ、望まぬ相手との子づくりなんて当たり前の時代から生きておるんじゃものな。案外平気……なのかの?」
「むしろ人類の歴史で、恋愛結婚が出来た時代の方が少なかろう。この世界がどうかはわからんがな」
孫市はなんてことないように言った。
現代日本で生きていたとはいえ、彼が育ち価値観を形成したのは、戦国の世である。それ以降はほぼ戦場に身を置いて生きてきたことから、恋愛や性に関する認識は、平和な日本人のものとは大きく違っていた。
スクナは哀れむような顔で孫市を見上げてから、訊ねた。
「それで、なぜそんなスキルをとったのじゃ?」
「ああ、これについてなのだがな。ようは政略結婚の駒にしようと思ってな」
「どういうことじゃ」
首を傾げるスクナに、孫市が説明する。それは、かなりえげつないものだった。
孫市のスキルを遺伝して生まれた雌のゴブリンを、成長強化で育て上げる。
その雌のゴブリンは偽装スキルを使い、美女や美少女に化ける。
そして、転生者のような強力なスキルを持っている男性に近づき、誘惑する。
そうして生まれた子どものゴブリンたちを掛け合わせて、強力な戦力になるゴブリンを作り上げる。
「うわぁ、この世界じゃなければ神への冒涜になりそうなもんじゃぞ」
スクナの顔が引きつる。しかし、孫市は長巻の鞘をぽんぽん叩きながら言い放った。
「有用な血を取り入れるのは人の常よ。それに、野生の獣とて、あらゆる手で強い血を残そうとするであろうよ」
「まあ、それもそうじゃのう。それにしても、転生者にとっては殺される方がマシかもしれんのう」
うっかり初恋の相手がゴブリンの偽装美少女だったりした場合、一生知らない方がマシな真実になること間違いなしである。
孫市はゆっくりと顎髭を撫でながら、しみじみと目をつむった。
「生きていれば、死んだ方がマシなことなど幾らでもある」
「荒んでおるのう」
スクナはぺちょりと、また横になった。