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22発目

 報酬金を受け取り、疲れた足取りでダンジョンへの道無き道を歩く孫市。

 その背後を、闇に紛れて黒い影が付きまとっていた。ゆらゆらと、墨色の霧で出来たような人影は、まるで重力から解放されたかのような、掴みどころのない動きで孫市を追う。


 単独ソロC級冒険者、リーバス。職業は斥候である。


 職業とは、その冒険者や兵士の振る舞いの大まかな指針ではある。が、その持っているスキルの全てを示すものではない。

 リーバスは斥候ではあるが、その役割を果たすためのスキル構成は、むしろ魔法使いに近いものだ。


 闇属性魔法、精霊の執事。

 闇魔法スキルのレベル5以上で使えるようになる魔法だ。

 その効果は、呪術的に狙いを固定した相手の背後をとっている限り、対象と周囲に認識されないというもの。さらに、体が霧のようになり、障害物をすり抜ける。

 デメリットは対象が急に振り返ると、普通に魔法が解けることだ。


 夜空の半分を覆う、薄い雲。星あかりも乏しく、丈の高い草が生い茂る街の外。少し風があるのか、ザワザワと葉が鳴る音が、ただでさえ希薄なリーバスの気配を完全に消してしまう。


 ――楽な尾行だ。


 リーバスは警戒を怠らず、さりとて適度にリラックスした状態で孫市を尾行していた。

 孫市の歩みは堂々としたものだ。だからこそ、尾行しやすい。


 草を掻き分けて進む孫市の姿が、急に消えた。

 リーバスは驚き背後を警戒するが、別にスキルで裏をかかれたわけではない。そろりそろりと孫市が消えた場所まで行くと、地面に開く大きな穴を見つけた。


 ――こんなところに隠れ家があったとは。


 リーバスの体が小さな蝙蝠(こうもり)の群れに変化する。バサバサと立てる羽音は草ずれに紛れ、彼は誰にも見られることなく、サプレスの街に戻って行った。


 家に戻った孫市は、珍妙な風景を目にした。

 大量の白いモコモコが草原で跳ね回っている。


「何が起きた……?」


「御館様、ご無事ですか!?」


 思わず呟いた彼のもとに、ヨイチが風の速さで駆け寄った。


「案ずるな、返り血だ。それでヨイチ、貴様らのその姿はなんだ……?」


 ヨイチ含めて、ゴブリンの多くがうさ耳のモコモコパジャマを着ている。似合わなすぎて酷い姿だ。


「はっ。スクナ様に、偽装スキルでこの姿をとるようにと。非才の身には、その崇高な理念は理解出来ぬものでしたが」


 うさ耳姿でハキハキと報告されても、孫市だって困る。


「……スクナに質してくる」


 孫市は珍しく、眉を下げた。

 家に戻ると、スクナとシェリルが、同じようなモコモコの姿でおはじきをしていた。


「食らうのじゃ、ゴッドフィンガーシュート!」


「ただのデコピンじゃないですか……」


 ペチンと飛ばされたおはじきが、大いに外れて壁際まで飛んでいく。

 板の間は、キラキラと光るガラスのおはじきで散らかっていた。


「何をしておる」


「おっ……? ひぇっ」


 孫市に気づいたスクナが息を詰まらせた。


「く、臭いのじゃ! はよう風呂を浴びよ!」


 出てきたのは心配ではなく、苦情。


「ふてぶてしい神よの……」


 孫市も呆れ顔だ。


「大丈夫なんですか?」


 一応シェリルは心配を口にするが、「あやつが怪我するわけなかろう」とスクナに一蹴される。


「で、貴様らの姿と、ゴブリン共の姿は何事だ?」


 孫市の問いに、待ってましたとばかりにスクナは立ち上がる。孫市の良心よりも乏しい胸を張り、ドヤ顔をした。


「よく聞いてくれたのじゃ。そう、これは見た目がキモいゴブリンを、マシな見た目にすることで、我らの精神衛生を保つ作戦じゃ!」


「キモいキモいとは言うが、あれでも儂の配下だぞ」


「キモいものは仕方ないのじゃ」


「貴様の世界の生き物であろうに」


「地球の神とて、キモいキモいと言いながら、ゲジゲジとか創造したし、必要悪みたいなもんじゃ」


 ひどい言い様である。

 天地創造が本当であるならば、確かに神が血迷ったとしか思えないデザインの生き物はたくさんいるが。


「それで、アレで精神衛生は保たれるのか?」


 余計に精神に不調をきたしそうな姿になっていた。それを冷静に突っ込むが。


「可愛いじゃろ?」


 スクナは鼻の穴をヒクヒクさせた。いかにも褒めて欲しそうな顔である。

 孫市はげんなりとした声で、矛先を変えた。


「シェリル。貴様もそう思うか?」


「あの、えっと……」


 急に話を振られたシェリルはオロオロとした。視線が孫市とスクナの間を行ったり来たりする。


「す、スクナ様のモコモコは可愛いと思います……」


 その答えに全てが詰まっていた。

 孫市はため息を漏らす。


「ほどほどにしておけ」


「わかったのじゃ。次はペンギンの姿にチャレンジするので楽しみにせよ」


「そういう所になると積極的なのだな」


「もっと褒めてもいいのじゃぞ?」


「シェリルには褒美をやる。何か望みはあるか?」


 スクナは口を尖らせた。一方、急に褒美を言いつけられたシェリルは困惑する。


「な、何の褒美ですか?」


「貴様が研いだダガーが、大いに役立った。その働きに報いてやらねばなるまい」


 シェリルは孫市に褒められたのが意外だったのか、頬を上気させた。

 奴隷はいくら働いても、虐げられこそすれ褒められることはない。

 一生懸命に幼い頭を働かせてシェリルが出した答えは。


「彫金の、道具が欲しいです」


「あいわかった。揃えられる限り揃えよう」


 屋敷の中にシェリルの作業部屋が割り振られ、そこに彫金の道具が揃えられることが決まった。

 ダンジョンに、技術者という概念が生まれた日であった。

なお、スクナはニートという概念を生み出した。

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